―あれは暑い夏の出来事だった。俺達はまるで運命に導かれるようにして、彼らに出会った―

 

 

「忘れもんないね?よし、しゅっぱーつ!!」

ギラギラと照りつける太陽に拳をかざして、岸優太が出発の音頭を取った。

盆が過ぎ、夏休みも折り返し地点にさしかかった8月後半。かねてからの計画で男4人、無計画な自転車の旅に出かけたのだった。

「なー岸くん、自転車ってとこが情けなくね?もっとこうさ…バイクとかの方がかっこ良くね?」

神宮寺勇太が必死にペダルを漕ぎながらぼやく。高校生になって明るく染めた茶髪が陽光に照らされてより明るく見えた。

「熱中症には気をつけよう…みんなこまめに水分補給と塩分を…」

心配気味に岩橋玄樹が呟く。彼はペットボトルの水を一気に呷った。

「ちょっとちょっと、みんなペース遅くない?どうせならうんと遠くに行きたいよ!もっとペースあげて!」

先頭をきるのは高橋颯だ。まるで競輪選手かのようにマウンテンバイクを突っ走らせている。ママチャリの岸くんはついて行くのに必死だ。

「颯、お前のペースに俺らが合わせられると思ってんのかよ!?加減しろよ!」神宮寺が叫ぶ

「バイクの免許なんか誰も持ってないし自転車の方が冒険って感じするじゃん!何より安上がり!」岸くんは爽快に風を切る

「お腹痛くなったら止まってね。置いてきぼりにしないでよ?頼むよ皆」岩橋は弱気な一言を漏らす

「今日中に東京都は抜けたいね!大丈夫、地図は持ってきた!」颯はそう言って世界地図を掲げた

岸優太、神宮寺勇太、岩橋玄樹、高橋颯の四人は年も住んでいる場所もバラバラだが少年野球の元チームメイトでずっと仲がいい。それぞれ別々の学校で普段はあまり一緒に遊べる機会もなかったが、今年の夏休みは不思議と全員暇を持て余していた。

岸くんは高校三年生で最後の野球部の試合は7月に終わり、引退した。岩橋は肩の故障で野球部を辞めた。神宮寺は所属する野球部の人数が減ったため廃部になった。そして颯は中学三年生で受験のために部活は7月の総体で引退した。

夏休み、どこにも連れて行ってもらえず、かといって打ち込むこともなくなった四人はこの持てあました暇を有効に活用できないか考えた。せっかくだから何か思い出に残ることをしたい。そして結論が出た。

自転車であてもない旅に出よう、と。

小遣いをかき集め、リュックにできる限りの荷物を詰めて、意気揚々と出発した次第である。

北に行くか南に行くか、それとも東かはたまた西か…方角すらも定めず、道なりにずんずん進む。体力だけはありあまっているから、日没までには国道にまぎれこんだこともありすっかり地名も分からなくなってどこを走っているのか定かではなくなった。

申し訳程度の舗装された細長い山道を抜けると、いよいよあたりは夜の帳が降りてきた。

「なー暗くなってきたらさすがにちょっと危なくね?どっかでチャリ停めて寝られそうなとこ探そうぜ」

神宮寺の提案で、しばらく進んだところで自転車を停めた。

「どこまで来たんだろう。えーっと」

颯が世界地図を広げようとしたが岩橋がちょっとちょっととつっこんだ。

「そんなもの見るよりこのへんの案内板みたいなの探した方がいいよ。ずい分都会からは離れちゃったみたいだけど」

岩橋の言う通り、辺りは近代的な建物もなく田んぼや畑、それに四方に山が広がっていて民家は点在程度だった。相当な田舎に来てしまったようである。

「いいじゃんいいじゃん。なんかさあこういう田舎の方がワクワクするよ。神社の境内で寝泊まりとかしちゃったりする?」

楽天的な岸くんをまるで導くかのように鳥居のようなものが見えた。そこから小さな山に続く階段が伸びている。といっても山道に段差を作った程度のものだが…

「俺、懐中電灯持ってるよ」

颯がごそごそとリュックから懐中電灯を取り出し、辺りを照らしてくれた。その頼りない光と共に進んでいくと、狙い通りに神社らしき建物にぶち当たった。が…

「ここで寝るの…?」

岩橋が顔をひきつらせる。確かに…と全員ちょっと引いた。

夜の神社は想像以上に不気味だった。神社、と言ってもそんな立派なものではなく申し訳程度に境内があるだけで賽銭箱の類もなく、ほとんど忘れられた場所のようで朽ちかけている。まるでオバケでも出そうだった。

颯が中を照らしてみる。

「うわっ!!」

四人は思わず後ずさった。格子を隔てた中に何か化け物のような彫像が見えたのだ。どす黒く変色していて、まるで呪われた人間の嘆きのような禍々しさに、鳥肌が立つ。

「ちょっと保留にしませう…お、こっちにも道があるぞ」

岸くんは神社の裏手に伸びる道を発見した。四人で進んでいくと、小さな池に出た。暗く澱んでいてさらに不気味だ。

「なんかだんだん肝試しっぽくなってきたな…」

神宮寺が呟く。

「よせよそういうこと今言うの!怖いだろおおおおおおおおお」

「岸くん…ビビリすぎだよ…最年長でしょ…」

岩橋が呆れ気味に岸くんを見た。が、岸くんはぶんぶんと首を横に振る。

「最年長だろうが怖いものは怖い!ちょっと颯、歩くの早いよ!俺からそんな離れないでよ」

「え、ご、ごめん岸くん」

腕を引かれ、颯は戸惑った。憧れの岸くんに頼られている…そんな気がしてどぎまぎとした。緊張するあまり手が滑って懐中電灯を落としてしまう。運が悪いことにそれはコロコロと山中の深いところへ落ちて行った。

「うわ…灯りがなくなっちゃどうしようもねーぞ!」

慌てた神宮寺の声に他の三人も動揺した。暗闇であたふたしていると、いきなりどこかから怒声が響いた。

「誰だテメーらぁ!!!どっから入ってきやがったブッ殺すぞ!!!」

「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

びびるあまり、四人は散り散りに逃げだした。暗闇で右も左も分からずとにかく闇雲にその場から退散しようとして岸くんは視界が暗転した。

 

 

誰かがぼそぼそと話している。話の内容は分からない。意識が混濁して夢か現実かすら分からなかった。

「…ちょうどいいじゃん。こいつに身代わりになってもらえば。どうせ衣装で顔かくして棺に入れりゃ分かんねーよ」

「…でも、見ず知らずの人をそんな…」

「かまうこたねーだろ。人ん家に無断侵入するようなクソガキだぞ。家出してきたのかもしんねーし」

薄眼を開けたがしかし変わらなかった。どこか暗くて狭い場所に自分がいる。それを認識すると急に意識がはっきりしてきた。

身を起こそうとして、それができないことに気付く。どうやら相当に狭い場所に閉じ込められているようだ。途端に恐怖が襲った。

「ちょっと!!ここどこ!!誰!!出してよ!!早く!!」

力の限り岸くんは叫んだ。ドンドンとそこいらじゅうを叩くといきなり目の前に眩しい光が挿し込んできた。

「お目覚めか」

少年が自分を見下ろしている。岸くんはまるで棺桶みたいなところに入れられていた。慌てて身を起こす。

「こ…ここはどこ!?わたしはだあれ!?」

錯乱気味に岸くんがまくしたてると少年はぎょっとしながら頭をどついてきた。

「おめー声がでけーよ!!黙りやがれ!!」

少年は語気を荒くして小声でまくしたてた。が、岸くんには訳が分からない。それに全身が痛い。

「ちょっと俺今どうなってんの!?神宮寺は!?岩橋は!?颯はああああああああああああああ!!!!!」

「うっせーつってんだろこのアホ!!」

またどつかれた。可愛い顔をして下品な声と話し方の少年をしかし、側にいたもう一人の少年がやんわりとたしなめようとする。

「恵兄ちゃん…兄ちゃんまでそんな声出したら…」

「うっせーおめーは黙ってろ龍一!!おい!てめーさっさと棺桶に戻れ!!」

龍一、と呼ばれた暗い瞳の美少年はその一言ですごすごと引き下がる。

岸くんは予感した。棺桶に戻ったら最後、生命に危機にさらされるんじゃないかと。ていうか棺桶っていう時点で色々アウトだ。だから全身で抵抗した。

「なんなのこれ!なんで俺棺桶なんかに入れられてんの!?そこんとこの事情詳しく!!」

「黙れ!!おめーは不法侵入だから処刑だよ!!さっさとこん中戻りやがれ!!」

「いやだああああああああああああああ!!!!!」

「なんの騒ぎです?」

突然、扉の開く音がした。そこで気付いたが岸くんはどこぞの倉庫か蔵のような所にいた。と言っても収められているものはその棺桶一つでかなり広い印象を受ける。中央に岸くんが入れられていた棺桶だけがあった。

恵と呼ばれた少年がやべえ、と表情を歪ませた。龍一は青い顔で俯いている。

「何をしているのです!!神聖な棺を…!!今すぐおどきなさい!!恵様!龍一様!これは何事ですか!イタズラでは済まされませんよ!」

入って来た初老の和服の女性は二人を叱りつける。岸くんはその剣幕にびびって棺桶から転げ落ちた。

 

 

「ねーいい加減泣きやんでよ」

岩橋は泣いていた。これは何かのいじめだろうか…何故僕はこんな目にあわなきゃいけないんだ…果てしない被害妄想にとらわれて、もう涙が止まらない。

「いい年して泣いてんじゃねーよ。どっから来たの?名前は?年いくつ?」

岩橋を囲む二人の少年は困り果てて溜息をついていた。だが岩橋はもう自分が可哀想で可哀想で悲観にくれた。

無我夢中で逃げるあまり、山道を転げ落ちて全身をしたたかに打ち、無数の擦り傷がしみる。岸くん達も見失いとどめに田んぼに落ちた。泥だらけで助けを求めて現在に至る。

「この村の子じゃないでしょ?見たことない顔だし…」

「うう…自転車で…東京から…夏休み最後の思い出に…ううう…」

ようやくそれだけ言うと、少年二人は顔を見合わせてもう一度深い溜息をついた。

「ねー、くらもっちゃんどうする?駐在さんももう交番にいないよね?」

「どうするもこうするも…だから知らんふりしときゃよかったのにどーすんだよこんな厄介なのに声かけて。みずきお前大体真面目すぎんだよ。まーそれがお前のいいとこだけどよ」

岩橋は顔をあげた。みずきと呼ばれた小柄で目のぱっちりとした可愛らしい男の子は心配そうに岩橋を見ている。一方、くらもっちゃんと呼ばれた大柄で肉付きのよい少年は呆れた眼で見てくる。

二人が年下らしかったのもあり岩橋は徐々に冷静さを取り戻した。ハンカチを出して涙を拭くと二人に訊ねてみる。

「ここはどこのなんていう所?僕の他にも三人仲間がいるんだけどその子達一緒に探してくれない?生憎携帯も何もかも神社の建ってたあたりにリュックごと置いてきてしまって…」

「おいおいなんで俺らがそんな面倒なことに付き合わなきゃなんないんだよ。断る」

「くらもっちゃん、この人困ってるみたいだからさー。ほら、学校の先生が「情けは人のためならず」の正しい意味教えてくれたじゃん。あれだよ」

「そっか。なんか見返りあるかもな。おいお前、名前は?」

「名前…岩橋玄樹です。16歳高校二年生…趣味は野球でポジションは…」

「おい岩橋、俺は倉本郁だ。こう見えて中学一年生だ。とりあえずお礼はスイカでいいや」

倉本は岩橋の自己紹介を途中で遮って図々しく言い放った。

「俺は井上瑞稀。同じく中学一年生だよ。ねえ岩橋、リュックどこに置いてきたの?」

どうにか記憶をたどって逃げてきた道を逆に行くと、見覚えのある鳥居が見えてくる。自転車もまだそこにあった。

「あ…あそこ」

岩橋が指を差すとしかし倉本と井上は顔を強張らせた。

「ちょっと…あそこはヤバイよ。勝手に入ったりしたの!?ヤバイって」

「よそ者ならではの大胆な行為だよなー。声かけたのが俺らで良かったな岩橋。でなきゃえらいことになってたぞ」

一体ぜんたいなんのことか岩橋にはさっぱりだったが藁をも掴む思いで岩橋はリュックの発見と三人の安否について倉本と井上の協力を要請した。 

 

 

暗い山道を夢中で走ってどうにか逃げおおせたはいいが、岸くんを見失ったことに気付いて颯は足を止めた。

「岸くん!?どこ!?」

叫ぶと、すぐ後ろから誰かが駆けてくる音がする。岸くんかと思ったのだが…

「おい颯、お前早すぎ。俺を置いてくんじゃねーよ」

神宮寺がぜえぜえと息を切らしながら颯の肩に手を置いた。

「神宮寺…岸くんは?」

「知らねえよ…俺だって必死だったからな。お前が前に行ってくんなきゃ俺もとっくにはぐれてただろうよ。岩橋も見当たんねえ」

「どうしよう…岸くん…一体どこに…岩橋も」

「おい戻るのは危険だぞ。なんかよく分かんねえけどきっと入っちゃいけねえ場所だったんだよ。見つかると厄介だしとにかく先行こうぜ」

山道は突如として途切れ、どこかの庭に出た。恐ろしく広い敷地と屋敷だ。時代錯誤な世界に迷い込んだようで、神宮寺と颯は混乱した。

「誰…?」

暗闇に、か細い声が響いてライトがぱっと光る。神宮寺と颯は思わず目をそむけた。

「誰だ君らは?」

また違う声が響く。神宮寺と颯が目を開けるとそこには二人の和服の少年が立っていた。

双子…?いや、よく見ると少し違う。だが醸し出す雰囲気は同様に高貴で、それこそまるで映画か何かの世界かのような非現実感がある。

「いや、誰って言われてもよ…」

神宮寺はとりあえず間を置いた。現実に頭がついてくるのを待ったからだ。だが直球型の性格の颯は

「高橋颯です。15歳中学三年生。あの、ここどこですか?旅館?」

とあっさり名乗ってしまった。仕方なく神宮寺も倣う。

「俺は神宮寺勇太。高一だ。山登って神社に辿り着いてそんで誰かに怒鳴られてびびって逃げたらここに着いちまった。そんなとこだ」

落ち着いて目の前の二人を神宮寺は観察した。一人は線が細く、まるで女かと見間違うほどに不思議な艶やかさを放っていて錯覚に陥る。暗いから良く分からないが肌が白く滑らかでより中性的な雰囲気に輪をかけていた。

もう一人は、鋭い眼差しに厳然とした雰囲気を放っていて、年はそう違わないはずなのにどこか老練した何かを感じさせた。一見してIQが高そうな…ごまかしが通じなさそうな気がして下手な言い訳が無意味であることを悟らせた。

二人とも浮世離れした雰囲気だった。気を引き締めていないとその雰囲気に飲まれそうになる。

「俺らはちゃんと名乗ったぜ。お前らは?」

神宮寺が促すと、少年二人は顔を見合わせた。ややあって、鋭い眼差しをした方が口を開く。

「僕は中村挙武。この家に住んでいる。こっちは双子の兄の嶺亜だ。人の家に無断で入ってきてずいぶんな態度だな」

「挙武、そんな言い方…この子達、多分この村の子じゃないよぉ。迷い込んだんだよきっと」

嶺亜が挙武を宥めるとしかし挙武は首を振る。

「なら尚更だ。即刻出て行くことを勧める。よそ者がこんなとこにいたって何一ついいことなんかない」

背中が痒くなるような口調に、神宮寺はキレた。

「俺らだって好きでこんなとこ来たわけじゃねーし!言われなくても出て行ってやらあ!」

「落ち着いて神宮寺。実際問題として俺達今困った状況にあるんだから助けを求めた方がいいと思う。岸くん達も探さなきゃなんないし」

年下の颯が冷静な見解を展開する。神宮寺もそれは分かっていたが…

渋る神宮寺をよそに、颯は丁寧に頭を下げて挙武と嶺亜に事情を説明した。

「俺達、自転車で旅に出てここに辿り着いたんです。だけど寝泊まりするところがなくて、神社ならいけるかもって思ったけどちょっと不気味すぎて…歩いているうちに誰かに怒鳴られて驚いて逃げて来てここに来たんです。俺達二人の他にももう二人いて…。その子達がどうしてるか分からないから協力してもらえませんか?」

「こっちはまだ常識がありそうだな」

挙武が皮肉っぽく呟く。神宮寺はふつふつと沸き上がる苛立ちを必死に抑えた。

「そう言われても…僕達にどうしろっていうのぉ…?」

困惑した嶺亜が指を口元に当てて小首を傾げる。仕草まで女っぽい。神宮寺には未知の領域だ。

「よそ者の噂ならすぐに回ってくるだろう。見つかり次第出て行くことを条件に家に入れてやってもいいが?」

「挙武くんありがとう!ぜひそうさせて下さい!」

颯が素直にお礼を言うと、挙武は少し面食らったようだった。

「…馴れ馴れしい奴だな…まあいい。こっちだ」

挙武が屋敷の方に案内しようとすると、嶺亜は少しためらいがちに挙武に何かを耳打ちする。彼はこう答えた。

「今日は諦めるんだな。おそらくこいつらの片割れは恵と龍一の家にいるだろう。大方怒鳴りつけたのは恵だな。あいつはお前に会う時だけは早めに行動するから待ってたんだろう」

なんのことか分からなかったが神宮寺と颯は屋敷に入れてもらい、岸くん達の安否の確認を待った。

挙武の言うとおり、30分も経つと岸くんと岩橋の所在が分かった。