「受験票…筆記道具…腕時計…電車賃…連絡用携帯電話…参考書etc…よし、忘れ物はないな」

リビングで家族全員が輪になり、龍一の荷物チェックをする。挙武が一つ一つ確認して鞄に入れた。

「体調は?龍一」

岸くんが訊ねると龍一は頷き、大丈夫という意を示した。

「消化にいいものとぉ頭にいいものちゃんと詰めといたからぁ…ゆっくり噛んで食べるんだよぉ。今日だけはぁ全部龍一の好きなものしか入れてないからぁ」

嶺亜がそう言って弁当箱を手渡す。

「おい龍一!俺が究極のリラックスのおまじない教えてやるぜ!これさえやりゃあプレッシャーなんて消えてなくなっちまうぜ!俺も去年これで乗りきったからな!ギャハハハハハハ!!いいか、手の平にだな…」

恵が言いかけて勇太がツッコんだ。

「おい恵、まさか「人」っていう字を三回書いてそれ飲み込む、とかじゃねーだろうな?」

「なんでおめーが知ってんだよ俺の必勝法を!!」

「…龍一、このアホはとりあえず無視していいぜ。この勇太お兄様が疲れた時に元気が出る動画を…」

「おめーの動画は下半身が元気になるだけだろ!!んなもん受験会場で見たらつまみ出されんぞコラ!!」

恵と勇太がやりあうその横で郁がハムエッグをもぐもぐ食べながら冷静に時計を見る。

「もうそろそろ出た方がいいんじゃね?てかさー、何もわざわざ颯兄ちゃんが付いて行かなくてもタクシー呼んで行けばよくね?」

「いや、郁…龍一の運の悪さと不憫さを甘く見るな。渋滞に巻き込まれたり事故ったりするかもしれん。電車の方が確実だ」

挙武がきっぱりと断言すると皆がうんうんと頷いた。

「大丈夫だよ皆!龍一のことは俺に任せて!!ちゃんと責任持って受験会場まで送り届けるから!この日のためにちゃんと二人でT高まで行ったし道もちゃんと覚えてるし」

どん、と胸を叩いて颯は言い切った。頼もしい双子の兄の言葉に皆胸を熱くする。そして岸くんは今こそ父親の出番…とばかりに総括した・

「龍一、皆がついてる。だからお前は絶対受かるよ。大丈夫。俺達を信じて、自分を信じて当たって砕けろ!!」

拳を握ってそうしめくくったが恵に「砕けてどうすんだおめー縁起でもねーこと言うな!!」と蹴りを入れられた。岸くんは仕切り直す。

「いてて…今のは言葉のアヤで…。ちゃんと昨日嶺奈の遺影にも上手くいくよう手を合わせてきたからきっと天国でお前のママも見守ってくれてるよ。帰ったら大好きなプリン食べようぜ」

「ありがとうパパ…兄ちゃん達…颯、郁…がんばります…絶対合格するから」

龍一は固い意思を瞳に宿してそう宣言し、第一歩を踏み出した。

「あ」

ちょうどそこに郁が飲みほしたファンタオレンジのペットボトルがあり、見事に龍一はそれを踏んづけて滑って転んだ。

「…」

沈黙。

起き上がった龍一は涙目で高速自我修復に励む。出だしの第一歩からつまづき、不吉なことこの上なし。そこに庭に黒猫が迷い込んで叫んでいるのが見えた。続いてリビングの掛け時計が傾いて落ちてくる。

「…」

どんよりしたムードが漂う。龍一の放つ尋常ならざる負のオーラにたった今まで盛り上がっていた気分はどん底にまで落ち込もうとしていた。

「と、とにかく、龍一がんばれ!勝利の女神がお前に微笑んでいるぞ!ほら!嶺亜!!女神の微笑みで励まして!」

「龍一がんばってぇ。ヘマしたらおしおきだよぉ。夕飯犬の餌にするからねぇ」

嶺亜はにっこり笑って励ましたつもりだが、これもいつもの癖で余計に追い込むようなセリフが出てしまう。

「ああー!!そうこうしてる間にこんな時間!早く行かなきゃ龍一!行くよ!」

時計を見て颯が龍一の腕を引っ張る。慌てた龍一は玄関先でもすっ転んだ。それを皆が不安いっぱいに見守る。

「ところでよ、龍一の受験番号って何番だ?」

勇太がなんとなく訊ねると挙武がしばし考えた後こう答えた。

「確か33946番…さんざん苦しむ…」

「…」

「こりゃ…ダメかもな」勇太が溜息をついた

「とりあえずダメだった時のことをもう一度考えとくか」挙武が頭を掻いた

「やっぱり龍一の負のオーラの前には僕達無力なのかもねぇ」嶺亜は指を唇に当てた

「残念会は焼き肉だな!」郁は肉屋のチラシを見始めた

「いや…龍一を信じよう。天国の嶺奈もきっと見守ってくれているはず…」

岸くんが亡き前妻を想いながら手を合わせると嶺亜がそれを横目で睨んでこう呟いた。

「パパぁ、ママはねぇ龍一のこと『あんな不憫で負け神しょった子他にいないよぉ』って断言してたからねぇ。ママなんかの力借りようとすると絶対不合格だよぉ」

 

.

 

「お、今日はすき焼き?豪勢だね」

夕飯の支度をする嶺亜と郁に仕事帰りの岸くんが問いかける。

「そぉ。恵ちゃんがバイト先ですきやき用のお肉安くしてもらってきたしぃ勇太が八百屋のおばちゃんに気に入られてるからぁお野菜も安くわけてもらったんだよぉ」

「あとは俺が春休みの農場体験で卵をもらってきたからな!」

郁が得意げに胸を張る。そろそろできあがろうかというところに龍一と、彼を迎えに行った颯が帰ってきて家族全員で鍋を囲んだが…

「…ダメかもしれない…」

開口一番、この世の終わりのような顔で龍一はそう呟き、リビングは凍りついた。

「…国語の問題で、途中分からない問題があってそれを飛ばして回答してたつもりだったんだけど…どうも回答欄を一つずつ間違えたかもしれない…最初の方の問題だったからあとの問題全部解答欄違いで撥ねられる…」

「…」

皆の箸を持つ手がぴたりと止まる。郁でさえも、である。

「…やっぱり俺には負け神が憑いてるんだ…この先何やってもどうせ上手くいかないんだ…」

「そ、そんなことないだろ龍一!お前の勘違いかもしれないだろ。その解答欄を空けて他の問題解いたんなら何も問題は…」

岸くんが元気づけようとしたが龍一はうなだれて首を振った。

「…最後の問題を解答しようとしたら…一つ空いてるはずなのにすでに全部の欄が埋まってしまってて…そこでパニックになってしまってあとは自分がどうしたか覚えてないんだ…もうだめだ…」

「いや…でも、1教科だけだったら他で挽回…」

「それが1限で、あとの時間もどうやって問題を解いたか覚えてないんだ…頭が真っ白になって…」

沈黙が流れる。鍋のぐつぐつと煮える音だけが虚しくこだまし、すき焼きはすでに煮えすぎてグラグラになってしまっていた。その残骸を皆が無言で自動的に口に入れて夕食は終わった。

それから一週間、龍一は生ける屍となっていた。いつもの10倍増しの暗さで同部屋の颯はいたたまれず郁の部屋に寝泊まりするほど負のオーラがだだ漏れていたのである。

そして合格発表の日…

「龍一!何言ってんの!?龍一の合格発表なんだから自分で見に行かないと!」

颯が部屋のドアを叩きながらそうまくしたてたが龍一は蒲団を被ってそれに抵抗した。

「…嫌だ…どうせ落ちてるんだから誰でもいいからそれを確かめてきて…俺には耐えられない…」

「おいおめー何言ってんだよ!おめーの合格発表をなんで俺らが代わりに行かなきゃなんねーんだ甘ったれんな!」

蒲団の上から恵が蹴りを入れたがそれでも龍一は出て来ない。

「龍一、いいから出てこい!ここにお前好みの巨乳美女のグラビアがあるぞ!」

勇太がエロ本で釣ったがしかし全く反応はない。

「おい龍一!!辛いのは分かるがこの僕だって去年、不合格と言う事実を甘んじて受け入れたのだからお前にそれができないなんて言わさないぞ!心配しなくても不合格だった時の対処法も全て考えてあるからそんなに気に病むことはないんだ!だから行け!」

挙武が自身の苦い体験を励ましの言葉に変えたがそれでも龍一は「嫌だ」の一点張りである。

「龍一ぃ…出て来ないとおしおきだよぉ…それでもいいのぉ…?」

嶺亜がドスをきかせた声で脅しをかけると龍一は一瞬顔を覗かせたがそれでも再び蒲団を被った。

「んじゃ俺が行ってきてやるよ」

末っ子の郁が、仕方がないといった様子でそれを申し出ると岸くんが蒲団の前に座ってこう諭した。

「龍一、じゃあ皆で行こう。お前が辛くて一人じゃ耐えられないなら皆で見よう。例え不合格でも皆はお前を責めたりしないよ。それは分かってるだろ?」

「…」

「お前が颯のために公立一本に絞って受験するって言った時…お前が家族みんなのこと思ってそう決断してくれたその気持ちは高校に合格するよりもずっと大事なことなんだって俺は思ったよ。結果じゃなくて課程が大事なんだって。だから合否がどうであれ俺達は受け入れるし、お前にもそうしてほしい。不合格だから自分はダメな奴だなんて絶対思わないでほしいんだ」

「パパ…」

しばしの沈黙の後、龍一は折れたが歩くのがやっとといったおぼつかない足取りでいつ風と共に吹き散って行くか分からないような状態であった。

そして合格発表会場を目前にした門の前に到着する。会場の方から喜びの声や叫び声、その他歓声が飛んでくる。それとは正反対に泣きながら門を出て行く親子連れもちらほら目にする。まさに合格発表の悲喜こもごもである。

「龍一、行こう」

岸くんが手招きしたが、龍一はうつむいて立ち尽くしていた。

「龍一」

もう一度岸くんは龍一を呼んで手を取った。それでも龍一は泣きそうな顔で歯を食いしばっている。

「龍一ぃ、仕方ないからぁ今日は龍一が食べたいもの作ってあげるからぁ…だから行くよぉ」

反対側の手を嶺亜が握った。

「しゃーねー、今日だけは許してやるぜ!!」恵がばしっと龍一の背中を叩く。

「俺も兄貴らしいとこちょっとは見せとくか。おい龍一、今夜はお前の好きなジャンルのAV見放題のオールナイしてやる!帰りにツタヤに寄って帰ろうぜ!」勇太がぴしっと龍一の額を弾く

「まあ今日だけは僕のコレクションのモデルガンをいじらせてやってもいい。今日だけな」挙武がぺん、と龍一のお尻を叩く。

「龍一、帰りに俺のイチオシのメロンパン買って帰ろう!だから行こうよ!!」颯が前方を指差す

「どーしても嫌なら俺が見て来てやるからさ、龍一兄ちゃん」郁が前を歩く

「…」

兄弟達と岸くんに背中を押されて、龍一はようやく門をくぐる。そして震える足で合格発表の掲示板の前まで歩いた。人だかりの中を掻きわけて、受験票を手に龍一は自分の番号を探す。その後ろ姿を岸家一同が固唾を飲んで見守った。

ややあって、龍一が振り向く。その眼は大きく見開かれ、唇はわなないていた。

「龍一?どうだった!?」

岸くんが訊ねると龍一は震える声で

「…あった…」

と掠れた声で呟いた。

 

 

.

「本当だ…33946番。確かにある。合格だ。やったぞ龍一!!」

龍一の合格を家族全員がこの目で確かめ、周りがどん引きするくらい大騒ぎで胴上げをしてひとしきり騒いだその後は岸家で合格祝いパーティーが催された。どんちゃん騒ぎで夜を明かし、岸家は颯と龍一揃ってサクラが咲いた。そして入学式を迎える。

「良かったねぇパパぁ。龍一と颯の入学式が午前と午後で分かれててぇ。颯は絶対入学式に来てほしいって言ってたしぃ」

岸くんのネクタイを正してあげながら嶺亜は微笑む。岸くんは自分自身もちょっと前まで高校生だったのに今や保護者として入学式に参列だなんて不思議な感慨に浸った。

「パパありがとう来てくれて!俺は1年1組になったよ!あとで校門の桜の木の下で一緒に写真撮ってよ」

颯は入学式で大はしゃぎだった。陸上部の部室も一緒に見に行って噂のトラビスなんとかの先輩達も見て来た。そして午後は龍一の入学式に向かう。さすがに超進学校なだけあって周りの保護者もどことなく上品な感じである。岸くんはその中で浮きまくっているのを痛いほどに感じる。保護者も楽ではない。

 

 

人生で初めて勝ち取った合格に龍一は少しポジティブになっているようで、入学式が終わって家に帰るとアルバイト雑誌をリビングで読み始めた。それを恵がからかう。

「ギャハハハハ!龍一無理すんじゃねーぞ。おめーまずは高校で友達作んねーと!」

「そうだよぉ龍一ぃ。中学の時だって凛と仲良くなるまで一ヶ月以上かかったしそれまでほとんどクラスの子としゃべってなかったんだからぁ。それにぃ進学校なんだから勉強だって大変だしねぇ」

嶺亜が夕飯の支度をしながらそれに加わる。龍一は苦い顔をしたが真剣にページをめくっている。岸くんとしては恵と嶺亜の言う通り、まずは友達を作って高校生活を楽しんでほしかったが家族のために、自分を変えるためにバイトを始めたいという龍一の気持ちは尊重したかった。

そんなこんなで一週間ほど経った頃である。

「龍一…今、なんて?」

その日の夕食で龍一がぼそっと話した内容に全員が耳を疑い、挙武が「信じられない」というニュアンスを含んで訊き返した。

「…あ、明日…友達が家に来るから…」

もう一度、龍一は繰り返した。

「友達…だと…?」

勇太は絶句しながら箸を転がした。

「嘘でしょぉ…まだ三日目だよぉ…?一体どうしたっていうのぉ龍一ぃ…なんか運勢まで変わってないぃ?」

味噌汁を入れる手を震わせながら嶺亜は呟いた。

兄弟達は皆顔を合わせて驚愕したが、岸くんは素直に喜ぶ。

「良かったじゃん龍一、友達できるか不安そうにしてたのに難なくできて。同じクラスの子?」

「うん…。隣の席で、ちょっとしたきっかけで話してそれから一緒にいるようになって…」

「そうなんだ。まあ同じ学校だし頭のいい子なんだろうな。大事にしろよ。やっぱ学校は友達といるのが一番楽しいから。俺もさー高校生の頃さー」

岸くんは高校時代の思い出を語ったが誰も聞いていなかった。そうこうしているうちに郁に半分食べられてしまっていた。

 

.

「んじゃバイト行ってくるわれいあ。夕飯までには帰るから」

「うん。行ってらっしゃい恵ちゃん」

恵と勇太はいつもの肉屋とファミレスのバイト、颯は陸上部の練習に出かけて行った。

「さぁてとぉ、郁ぅお庭の畑のお手入れ手伝ってぇ」

「あいよ!」

嶺亜と郁は庭に作った畑の世話に精を出す。4月の陽気に包まれて岸家の家庭菜園は少しずつ芽吹き始めていた。

「これ収穫できる時期になったらさ、庭でバーベキューとか良くね?嶺亜兄ちゃん」

「そぉだねぇ…そのうち鶏とか牛とか飼いだしたりしてねぇ」

二人できゃっきゃと笑いながら鍬やスコップを動かしていると話題は今日龍一が連れてくる彼の友達になる。

「そーいやさー、さっき龍一兄ちゃん駅に迎えに行ったけどどんな奴かなー。あの龍一兄ちゃんとよくコミュニケーションとろうなんて思ったよな」

「だよねぇ。でも凛の時も龍一と似たようなタイプでお互い安心できてたみたいだからぁ似たようなタイプの子じゃないのぉ?おとなしくてくらぁい感じのぉ」

「てことは龍一兄ちゃんに負けず劣らず暗くてネガティブで負のオーラ放ってるってことか。あ、そういや空が曇ってきたからそろそろ帰ってくるかも」

郁に言われて嶺亜が空を見上げるとさっきまで晴れていた青空が今は一面の鉛色になっていた。ひと雨来そうな感じがして嶺亜は洗濯ものを早めに取りこむことにした。郁と物干しに向かうと門が開く音がしてそこに視線をやると龍一が帰ってきたところであった。

「あ、ただいま嶺亜兄ちゃん…。えっと…友達の…」

おずおずと龍一が連れて来た友達を紹介しようとする。嶺亜と郁は想像と全く違った龍一の友達に目を丸くした。

「初めまして、おじゃまします。本高克樹と申します」

はきはきと明るく、礼儀正しくお辞儀をしてにっこりと輝くような笑顔で自己紹介をすると、本高と名乗った美少年は龍一に向き直る。

「龍一君が言ってた通り、綺麗なお兄さんと可愛い弟さんだね」

「あ…うん…そんなこと言ってないけどそう言っていただけると嬉しい…」

光と闇、陰と陽…二人から放たれる全く正反対の雰囲気に驚愕しつつ、嶺亜と郁はリビングにいる岸くんと挙武に報告しに行った。

「冗談言うな嶺亜。龍一にそんな明るくて朗らかな友達なんてできるはずがない。エイプリルフールはとうに過ぎたぞ」

新聞の経済欄を見ながら挙武は鼻で笑う。岸くんも映画のDVDを見ながらまたまた~と冗談めかす。

「本当だって!目がくりくりしててチャーミングで小動物的な可愛い感じだけどガタイは意外に良くて頭も良さそうで昆虫苦手っぽい感じでなんとなく絵が超ド級に下手そうなとにかく龍一兄ちゃんとは正反対な明るい美少年なんだよ!な、嶺亜兄ちゃん」

「そぉなのぉ。可愛い子だったよねぇ…ちょっとお茶出しにもう一回覗いてこよぉ」

嶺亜はいそいそとお茶とお菓子の用意をして二階の龍一の部屋にあがった。

「龍一ぃ、お菓子持ってきたからぁお友達と食べてぇ」

部屋を開けると二人とも勉強の最中だった。こういうところはいかにも進学校の生徒らしい。難しい参考書が広がっている。

「すみません、ご馳走になります」

「どういたしましてぇ。ゆっくりしていってねぇ。汚い家ですけどぉ」

謙遜ではなく部屋の中は本当に汚かった。高校生になったのだから、自分たちの部屋は自分たちで掃除をするよう嶺亜は颯と龍一に課していた。

だが颯は部活が忙しくて部屋の整理どころではないらしいし龍一も無頓着で散らかし放題の汚部屋一歩手前まで来ている。よくこんな部屋にせっかくできた貴重な友達を入れようなどと思ったものである。嶺亜は呆れた。

「龍一ぃ、お友達連れてくるなら部屋くらい片付けときなさいぃ。これじゃ恥ずかしいでしょぉ」

「これでも少し片付けたんだけど…」

「こんなの片付けたって言わないよぉ。次からお友達来る時は僕が掃除するからちゃんと言ってねぇ」

小言を言いつつ本高には笑顔で対応して部屋を出ると嶺亜は岸くんに「可愛い子だったぁ。いい子だしぃ」と報告をする。しかし岸くんからは「あんまりぶりっこしちゃいけません」という忠告が帰ってきたのだった。

 

 

嶺亜が出て行った直後、本高はほうっと溜息をついた。

「優しくていいお兄さんだね。お兄さんっていうよりお姉さんかお母さんみたい。綺麗だし可愛いし…」

「そうかな…ああ見えて怒ったら大魔神より怖いし小言は多いしヘマすると絶対零度とおしおきくらうし下手したら夕飯が犬の餌になるし…いいことばかりでもないんだけどね」

しかし兄を褒められて悪い気はしない。龍一はお菓子を食べながら顔が綻ぶ。

「龍一くん家は兄弟が多いんだよね。いいよねそういうの。うちは普通の核家族だから」

「いや…多くてもあんまりいいことはないよ…。二番目の兄ちゃんはすぐ暴力ふるうし笑い声がうるさいし三番目は下ネタ大好きで家族内セクハラがひどいし四番目は嫌味攻撃と理論攻めで精神的に責めてくるし双子の兄は普段は穏やかだしいいんだけど回り始めると手がつけられないし末っ子は食欲の権化でうっかりしてたら全部食べられるし…パパは優しくていいパパだけどまだ未成年だし…」

「お父さんって義理のお父さんなんだよね?凄いよね、赤の他人なのにそこまで受け入れてるなんて。普通なかなかよそよそしくなって気まずくなってしまうと思うんだけど」

「まあ色々あって…。その点についてはバックナンバーかまとめサイトを読んでもらえば…って何を言っているんだろ」

すっかり和んで話をしていたらけっこうな時間が経っていた。バイトを終えた恵と勇太が帰宅し、颯も部活を終えて帰ってきた。

「ただいま!あ、友達来てるんだっけ龍一。こんにちは初めまして、俺は双子の兄の颯。人見知りだけどよろしくね」

人見知りなんだかフレンドリーなんだか分からない挨拶をして颯は本高と打ち解けたようである。

「龍一ぃ、良かったら本高くんにお夕飯食べて行ってもらったらぁ?恵ちゃんが唐揚げ用のお肉たくさん持って帰ってきたからぁ」

本高を気に入ったらしい嶺亜はそう持ちかけたがしかし龍一は気が進まなかった。というのも岸家は奇人変人のオンパレードだ。至って常識人の本高には刺激が強すぎる。ドン引きで顔をひきつらせるであろう彼の姿が容易に想像できた。

「いや、でも…あんまり遅くなったら家の人も心配しそうだし…そうだよね、本高君?」

頼む、断ってくれ…と龍一は願ったがしかしその祈りは届かなかった。

「いいんですか?今日は両親が遅くまで仕事で、弟は学校行事で泊まりに行ってるから夕食は僕一人でしなくちゃいけなかったから…嬉しいです」

かくして龍一の懸念をよそに本高は岸家と食卓を囲むことになったのだった。