夏休み明けのだらけたムードの中、一人張り切る琳寧の姿が目立つ。HRに教壇に立ち、黒板にでかでかと『3-1 体育祭優勝への道のり』と赤いチョークで描きなぐりはじめた。
「みんな高校生活最後の体育祭、悔いのないよう全力でぶつかって優勝しよう!おー!」
体育委員である琳寧の体育祭バカっぷりはすでに周知の事実で、みんなやれやれと肩をすくめる。克樹はパン食い競争ならいいところが見せられそうだがそんな競技はなく、あまり乗り気ではなかった。ただでさえ暑さで勉強が捗らないから少し焦りもある。
寮の部屋にはエアコンがない。山の中だから平地よりは幾分か涼しいのでどうにか耐えられるが、それでもエアコンの効いた部屋の方がいい。寮には食堂とロビーしかエアコンがなく、ロビーの自習机は毎日争奪戦だった。
「体育祭かあ…」
体育祭は9月末に開催される。毎年なかなかの暑さだから学校中の自販機の飲み物がなくなることしか克樹には印象がない。雨天中止でも全然構わないくらいだ。
「琳寧が全競技出ればいいんじゃね?余裕で優勝だろ」
大光が欠伸まじりに言うと、琳寧は人差し指を左右に振る。
「そうもいかないの。競技には一人2回までしか出らんないし、体育祭には水泳もあるんだから。琳寧水泳だけは苦手なの。筋肉つきすぎて重くて沈んじゃうから。それにクラス全員参加の大縄跳びもあるでしょ」
すらすらと理論立てて、琳寧はてきぱきとクラス全員の得意・不得意競技についてアンケートを取り始める。その途中でガラリと教室のドアが開いた。
「うす。競技決め捗ってるか?」
「あ、上田先生。琳寧今データに基づいて競技の割り振り考えてました!」
「おう。6月にやったお前らの体力測定の結果持ってきてやったぞ」
担任の上田竜也は鬼のように厳しい体育教師だった。年はもう30代半ばにさしかかろうとしているが、ボクシングジムに通っているらしくまるで20代のアスリートのような体型だ。厳しいが熱い指導で一部の生徒からは崇拝されている。琳寧もその一人だった。
「上田先生に恥をかかせないためにも琳寧たち絶対優勝します!とりあえずリレーのアンカーは琳寧が務めます!」
「そうだな。問題は水泳だな…なんせうちのクラスにゃ水泳部がいねえ…そこでだ、水泳得意な助っ人に指導頼んどいた」
「水泳得意な助っ人?」
矢花が素っ頓狂な声で返すと、上田は頷く。
「新採の谷村と中村が水泳得意っつってたからその二人に頼んだ。水泳部顧問は5組の担任だからな。てなわけで水泳出る奴はこの二人に見てもらう。プールの確保はしてきた」
「さすが上田先生!琳寧感動です。じゃあ、水泳出たい人~?」
克樹は反射的に挙手をしていた。