「けどさー先生ホント先生に見えないよね。制服着たら普通に馴染みそう。大光の方がオジさんだし」
昼休み、屋上でいつものように琳寧、大光、矢花、今野と昼食を取っているとそこに嶺亜も現れる。大光の買ったドーナツと牛乳をもらいにきたそうだがこれは克樹にとって棚からぼた餅どころか棚からカツ丼ぐらいのものだ。初めて大光に感謝した。
「誰がオジさんだよ。そういやここの卒業生だったっけ?」
嶺亜は上品に少しずつドーナツを食べている。その仕草が優雅で思わず見とれてしまう。
「そうだよ。まあ先生であり先輩だよね。もうちょっと敬ってくれてもいいと思うんだけど」
「なんで母校の教師になろうなんて思ったんですか?恩師がいる…とか?」
弁当の箸をかじりながら、矢花が問う。
「恩師ねえ…恩師というより反面教師かな。ああはならないでおこう、みたいなのはいたけどね。あ、予鈴鳴った」
嶺亜の言う通り、予鈴が鳴り始めた。これでまた暫くは姿を見ることが出来ない…一抹の寂しさを覚えていると、彼のYシャツのポケットから何か紙切れが落ちた。それを今野が拾う。
「落としたよ、先生。何これ?ミュージカルのチケット?こんなん観るんだ先生」
今野が嶺亜に渡そうとすると大光が横から奪い取る。そしてチケットの内容を読み上げた。
「なになに…劇団神7定期公演ミュージカル…あー知ってる。最近売れてきてるんだろこの劇団。中学の同級生がファンだっつってた。こういうの好きなんだ。見えねー」
「好きって言うか…古い知り合いなんだよ。チケット送りつけてきたからまあ行ってやってもいいかなと思って」
大光からチケットを取り返した嶺亜は誰かを指差す。
「あいつと共通の知り合いね。多分、あいつももらってるはず」
それは谷村だった。急に自分に視線が集まって、ビクっと怯えたように肩を揺らした。
「え、谷村先生が?うっわ余計に分かんねーあの人ミュージカルとか観んのかよ」
大光たちは笑いながら教室に戻って行く。克樹はしかし、ふと思ったことを口にしていた。
「谷村先生と仲いいんだ、先生…」
一緒にミュージカルを観に行く…まるでデートのようでうらやましさから思わずそれが漏れてしまう。二人はもしかしたら自分が思っている以上に深い仲なのでは…
考えて見れば、克樹は嶺亜のことを何も知らない。どんな友人がいて、どんな暮らしをしているのか…そして恋人の有無という最も気になる情報も掴めていないままだ。
「仲いいっていうか谷村もこの学校の卒業生だからね。さっきも言ったけど共通の知り合いだから」
克樹はその答えよりも、自分の呟きがしっかりと嶺亜に届いてしまっていたことに大きく動揺した。やばい、これは何かごまかさなくては不審に思われてしまう…焦って頭の奥で検索をかけるがいい切り返しが出てこない。
いよいよパニックに陥りかけて汗を大量にかいていると、嶺亜が顔を覗き込んでくる。
「大丈夫、克樹?汗びっしょりだよ?」
「え?そ、そうですか…?もう7月だし暑さも厳しいから…しっかり水分と塩分取って熱中症予防しないと…」
苦し紛れに自分でもわけのわからないことをのたまっていると嶺亜はふっと笑う。
「そんなこと言ってまたつけ麵こっそり食べようと思ってるでしょ。大光から聞いたよ。土日に街に予備校行った帰りに絶対つけ麵食べて帰ってくるって。糖質制限するってこないだ言ってたくせに」
それは確かに事実だった。克樹は受験勉強のために授業のない土日は予備校に通っている。学校と、それに併設する寮はひどく不便な場所にあるから平日は通うことが出来ない。自学では限界がある。
そして予備校のある麓の街には魅力的な飲食店がひしめきあっている。その中でお気に入りのつけ麵屋を見つけ、スタンプカードまで作った。それが土日の密かな楽しみとなっている。
「どうせ言っても食べるだろうから、明日は予備校が始まるまで学校に来て琳寧と一緒に筋トレしな。ちゃんと見張っててあげるから」
「え…?」
「え、じゃないの。食べた分のカロリーはちゃんと消費しないと。ほんとにマシュマロになっちゃうよ。じゃあね、明日は朝8時にグラウンドに集合。琳寧にも言っといて」
優雅に嶺亜は去って行く。克樹は少しの間動けなかった。状況を整理するためだ。
明日朝8時…明日は土曜だ…土曜は学校は休みでこれまで嶺亜に会えたことはない…休日と言えば当然恋人がいればその人と会うだろう…しかし生徒の糖質制限ダイエットの管理をしに休日出勤する…だとすると恋人はいない可能性は高い…何より休みの日にも会えるだなんて…
カシャーンカシャーンと脳内で色んな推測が組み立てられていく。それが全て綺麗に建ちあがった時にはすでに授業開始から15分経過していて、珍しく克樹は叱責を喰らったがもうそんなことはどうでもいいくらいに脳内にお花畑が満開になっていた。