不純な動機で入部した克樹だが、美術部は自由活動で部員も片手で数えるほどしかいなかった。それぞれが自分の好きなジャンル(油絵、彫刻、パソコンを使ったCGアートなど)を好きなように製作するスタンスで、揃って活動というよりは勝手に来て勝手に製作して…といったところだった。

嶺亜が顧問ではあるものの、顔を出すのはせいぜい週に12日だったがそれでも充分幸せな時間だった。

「ホント、どうやったらこんなになるんだろ…克樹にはこんな風に見えてるんだね」

克樹の描いたイエスの肖像画をまじまじと見ながら嶺亜が呟く。自分としては最高傑作だと思ったのだが…

「え、そうですか?けっこう上手くいったと思うんですけど…」

「だってさあ…デッサンがもう最初っから狂ってて…この角度だったらこうなるはずなのに。なんで鼻の位置がこうなるのかなあ」

容赦なくシャッシャと描き直しを入れられる。嶺亜の評価はいつも厳しく、入部してもう二ヶ月が経つが褒められたことはない。だが、それが密かな楽しみだった。

「だからね、デッサンとしては顔の角度がこうだったら鼻はこう。それから目はね…」

隣で、間近でこうして声を聞いてその横顔を眺めて…それが克樹にとっての最高の癒やしの時間だった。

作品を完成させる度に嶺亜から厳しいダメ出しが入るが、それが悦びになっていた。克樹は昔から褒められると伸びるタイプだったのだが、相手が嶺亜だと貶されれば貶されるほど脳内物質が分泌される。自分の中にどうやら特殊な性癖があるらしいことに最近薄々気付き始めていた。

しかしその癒やしに邪魔が入る。

「ういーっす!差し入れ!今ぴーが調達してくれたぞ!」

ずかずかと遠慮なく大光、今野、トレーニングウェア姿の琳寧、そして少し申し訳なさそうな矢花が入ってくる。両手に買い物袋のようなものを提げて中身を机に広げた。

「凄いね。どうしたのこれ?」

嶺亜が手を止めて覗き込む。机の上にはお菓子やらホットスナックやらアイスやらがごろごろと並んでいる。なんとも魅力的な光景だ。

「今ぴーの親が近くまで来るからなんか欲しいもんない?って聞いてくれて、とりあえず食料って答えたらこんだけ持ってきてくれたの。さすがに食いきれねーからお裾分け」

「まあ礼にはおよばないよ」

今野の家はどこぞの富裕層で、彼は小学生の時から車通学とのことだった。高校進学の際に電車通学も面倒だからいっそ寮に入ってしまおうとここに決めたと言っていた。みんな色んな事情でここに進学してくる。

かく言う克樹は、聖神7学園は第一志望ではなかった。第一、寮に入るつもりもなかったしクリスチャンでもない。取り立てて進学実績も推薦枠もある学校ではないし、滑り止めで受験しただけだったが本命の高校は受験する直前にインフルエンザに罹って受けられなかった。

「矢花はこっちでしょ」

嶺亜は笑って割り箸を矢花に差し出す。楽器が得意で軽音部に入っている彼は時々突拍子もない、クレイジーな行動に出ることがある。前にふざけて弁当ではなく箸を食べるという奇行を披露したところ、嶺亜にいたくうけていた。

「あ、じゃあいただきます」

箸を受け取るとボリボリと矢花はそれをかじりはじめる。笑いがおき、デッサンは一時的に中止された。

せっかく二人きりだったのに…と思ったが目の前に魅力的な食べ物を目にするとまあいいや、という気になる。肉まんにかじりつくと、それをじっと見た嶺亜がにっこり笑う。

聖母のような微笑みに心臓が跳ねた。しかし、その直後…

「共食いだね、克樹」

「え?」

「克樹って肉まんに似てるもん。だから共食い」

また笑いが起こる。嶺亜は満足そうにポッキーを一本口にしていた。不思議なのはこれを大光に言われたら心外だと詰め寄るが、嶺亜だとくすぐったいような、照れくさいような、そんな感情がミックスされてしまう。適度に否定しつつ食を進めていると、その嶺亜が今度は呆れたような視線を向けてくる。

「よくそんな食べられるね。食べ過ぎじゃない?今からそんなだと20歳越えたらお相撲さんみたいになってそう、克樹」

「え、そ、そうですか…?」

自分でも危惧しないわけではないが、まだ標準値は逸脱していないし何より食べることが生きる糧になっているからダイエットしようなどとは思いもしない。だが…

「やっぱり痩せた方がいいのかな…」

晩ご飯を綺麗に平らげた後に隣の琳寧に尋ねると、彼は麦茶を飲みながら答える。

「何?嶺亜先生に言われたの気にしてるの?乙女だね、克樹」

「からかうなよ。琳寧から見て僕はどう?太ってる?みっともない?」

まずは友人の客観的意見から…と思って琳寧に回答を求めてみたが建設的な意見は帰って来ない。

「いいんじゃない?克樹はそのままで。前に言ってたじゃん。ちゃんと食べないと空腹に意識が行って勉強が捗らなくなるって。そういやもうすぐ期末テストだね。ねえ克樹、物理教えてよ。谷村先生の授業いつも声が聞き取りにくくて琳寧一番後ろの席だから殆ど分かんないまま終わっちゃうんだ」

「そうなんだよ…お腹すくとイライラして勉強に身が入らない…え?物理?そっか琳寧のクラスは担当が谷村先生なんだ。そうだね、あの人何喋ってるか分かんないこと多いし。そういや谷村先生もここの卒業生だっけ…嶺亜先生と仲良かったのかな…」

想像を巡らせながら昼間にもらった饅頭をかじっていると、後ろから大光の声で「まーた食ってるよ克樹~!」の声が飛んで来たが無視をして3つ完食した。