「え?克樹美術部なんかに入るの?今更?」

ルームメイトの琳寧がダンベル体操をしながら目を回す。入部希望の用紙を書いているところを見つかってしまった。

「なんで?三年になったら今まで以上に勉強頑張らなくちゃいけないから土日に予備校にも通うんでしょ?克樹の受験に美術とか関係あったっけ?そもそも授業も選択してないでしょ?」

琳寧はこう見えて意外と鋭い。次々と克樹の行動の矛盾を挙げてくる。どう言い訳したものか頭をフル回転させる必要があった。

「いや…勉強ばっかだと煮詰まるしさ…高校受験はそれで失敗したから、勉強の合間に息抜きを挟もうと思って…絵を描くってなんか脳みそにもいいらしいし」

「けど克樹、絵下手じゃん。大光にも笑われて二度と描かないって言ってなかった?」

指摘の通りだった。昔から、絵だけはどうしても苦手で美術の成績だけがいつも「3」だった。その他は4以下にはなったことはないのに…

「いやね、だから…その、苦手なことをすると脳の活性化に繋がるっていうし、他の部活はほら、今更入ったって付いていけないし美術部なら人も少なくて自分のペースで活動できるかなって」

「ふーん…」

どうやらごまかせそうだ…と安堵しかけていると、琳寧はダンベルを置いて携帯電話をいじり始める。やれやれ…と続きを書こうとすると、彼はこんなことを呟いた。

「そういや美術部の顧問って嶺亜先生だよね。琳寧美術の授業取ってるから仲良くなってLINE交換しちゃった」

「え!?何それいつの間に!てか琳寧なんで下の名前なんかで呼んでんの!俺なんかまだ口をきいたことすらないのに!!」

「…」

ぽかんと口を開ける琳寧はしかし、克樹がしまった…と冷や汗を流す間もなく手を叩いた。

「あ、克樹そーゆーこと。なーんだやっぱ嶺亜先生目当てじゃん。おかしいと思ったんだよね琳寧」

いともあっさりと見抜かれてしまった。でも今の発言だけでそこまで核心に迫れるか…?と納得できないでいると琳寧はこう続ける。

「だって克樹、嶺亜先生とすれ違ったら二度見するし、朝礼では嶺亜先生の方ばかり見てるし、分かりやすいよね、克樹って」

克樹は愕然とした。自分のこの想いは誰にも知られず、大事にひっそりと温めていくつもりだったのに新学期開始早々にもうルームメイトにバレてしまうなんて…

「でも克樹の気持ちも分かるよ。嶺亜先生可愛いもんね。肌も白くてふんわりしててお姫様っぽいしね」

「そうなんだよ…特にあの横顔なんか芸術作品だよね…ずっと見てられるっていうか見てたいっていうか…聖書に出てくるマリア様ってああいう感じなんだろうなあきっと…だから処女でも身ごもってイエスという神様をこの世に産んで…」

気が付くと琳寧はもう寝ていた。