ざわつきが濃くなり、嶺亜の周りにいた生徒達は皆一様に視線を向けてくる。

嶺亜は誰とも目を合わせず、礼拝堂を出ようとした。

「おい、どういうことだよ嶺亜…お前…」

戸惑う神宮寺と混乱状態の玄樹がそこにいる。だが嶺亜は一切の干渉を遮断した。それには答えずに通り過ぎると、今度は挙武と目が合う。

「…聞いてたんだ」

ようやくそれだけを口にすると、挙武は張り付いたような能面で頷く。

「聞く気はなかったんだがな。俺が礼拝堂で仮眠を取っていたらお前達が来た」

それはあり得るかもしれない。気が付かなかったのはそれだけあの時の自分が緊張状態だったとも言える。誰かがいる可能性などかんがえもしなかった。

挙武の瞳には、怒りが宿っている。嶺亜にはその怒りの理由が分かっていた。

「颯を傷つけたお前らを、俺は赦さない。たとえマリアが赦したとしても」

挙武の中には颯に対する、決して小さくない想いがあることを嶺亜は知っていた。挙武はいつもそれをはぐらかすが、今ばかりはそれを剥き出しにしている。彼の取った行動は至極当たり前とも言えるだろう。

しかし挙武もまた、自分の取った行動が過ちであることを他でもない颯本人から思い知らされる。

「なんで…!挙武、なんであんなことを…!」

掴みかかる勢いで颯が挙武に詰め寄った。彼の取った行動の真意を知らない颯には、挙武が岸と嶺亜を陥れようとしているように映ったのかも知れない。

「なんだって皆の前で…!これで岸先生に…嶺亜に何かあったらどうするつもりなんだよ。どうして、挙武…!」

そこから先は言葉にならず、挙武の制服の襟を掴みながら、颯は下唇を噛んだ。

挙武は動けないでいる。自分の想いを知らぬ颯に、返すべき言葉を詮索しているようにも見えた。

「…そんな心配はいらない。…俺がタチの悪い冗談を岸くんにふざけてぶつけただけ…そう流されるだけだ。第一なんの証拠もない」

挙武の声がわずかに震えていたことに気付いたのは嶺亜だけだったかもしれない。

「でも…だからって…」

颯の瞳を直視できない挙武は、掴まれた襟から颯の手を払いのける。

「俺はただ赦せなかっただけだ。お前は赦したのか?」

「それは…」

問われて、颯は嶺亜を一瞬だけ見やる。それだけで嶺亜にはその答えが分かってしまった。

始業のチャイムが鳴った。挙武も颯も教室へと向かう。

その遥か後ろを、嶺亜は重い足取りとともに歩いた。