颯は校舎の外れにある、使われていない部室の中にいた。

挙武が心配して昼食を買いに行ってくれたが颯はそのまま誰にも告げずにここにいる。だから今頃挙武が探しているかも知れないと思うと胸が痛んだが、どうしても一人になりたかった。

薄暗く埃っぽい空間の中で颯は一人、頭を抱えて蹲る。

消えてしまいたい

それしかもう頭になかった。悔悟の鎖に捕らわれて、精神を閉ざして声なき悲鳴をあげ続けていることしかできない。

自分は最低だ、と颯は己を責めた。

嶺亜のことを心配していたのに、岸とのことを告げられただけで感情の抑制がきかなくなって、あろうことか手をあげてしまった。どうしてあんなことをしてしまったのか、言ってしまったのか、颯はその時は自分でもよく分からなかった。

ただ、赦せない…そう思ってしまった。

それは嶺亜に対してだけではない、自分自身に対してもそうだし、岸に対してもその怒りを抱いてしまったことに果てしない自己嫌悪が訪れる。

自分に勇気がなくて、その気持ちを打ち明けることが出来なかっただけなのに、岸を、嶺亜をそんな風に思う権利などない。それは分かっているはずなのに、どうしても感情が付いていかない。

「どうして…」

知らず、声に出してしまっていた。何に対してなのか、誰に対してなのか定かではない。渦巻く疑問と後悔が糸のように織りなして紡がれてゆき視界を覆う。

後悔の念が、舞台で爆発してしまったのは自分でもよく分かる。気持ちの整理ができないままに本番が始まり、舞台に立って嶺亜と対峙したその瞬間に視界に入ってきた彼の少し赤く腫れた頬…

それを見た瞬間に、声が出なくなった。

颯は嶺亜が好きだった。

会った当初は向こうが壁を作っていたが、栗田のおかげでそれが取り払われて少しずつ歩み寄ってきてくれたのが単純に嬉しかったし、暴走しがちな自分をさりげなくコントロールしてくれる冷静さが嶺亜にはある。少し皮肉屋で毒舌なのも愛嬌だ。仕草が女性的で上品だから、見ていて癒やされるし彼の描く絵は独創的で刺激になる。颯にはないものを嶺亜は色々持っている。そこに単純に憧れる。

そう、颯が手に入れたくて、どうしても手に入らない岸の心までも嶺亜は手にしていた…

そこで初めて嶺亜に対して今まで抱いたことのない黒い感情を抱いた。こんな醜い感情があったなんて颯は自分でも知らない。好きだった嶺亜に手をあげてしまった自分の弱さが、たまらなく嫌だった。

自分に嶺亜に嫉妬する資格なんかない。

だからすぐにでも謝るべきだった。だがそれが出来ずに今ここにこうしてふさぎこんでいる。それが情けなくて仕方がない。

誰か…

誰かここに来て、自分を叱ってほしい。「いつまでもうじうじするな!謝るべき相手の所にすぐにでも行け!」と…

目を閉じたその奥には、岸の屈託のない笑顔があった。

だが皮肉にも、求めるその相手こそが颯を苦悩させている最たるものだった。