「岸くん、こんなとこにいたのかよ。探したぜ」

神宮寺の声に振り向くと、心配した表情の玄樹もそこにいる。二人で自分を気遣ってくれたのだろう。

岸は礼拝堂に来ていた。まだ文化祭の最中だがここは使用されていない。賑やかな祭りの音が遠くに聞こえていた。

「ほれ、差し入れ。3-3がたこ焼きやってた。あそこの店には叶わないだろうけどなかなか美味いぜ。食べろよ」

ぽん、とたこ焼きの入った袋を放ると神宮寺は自分の持っていた袋から一つたこ焼きを取って口に入れる。

「はい。お茶もあるよ」

玄樹がペットボトルを手渡す。岸くんは二人の優しさが染みてくる。泣きそうになった。

「んな落ち込むなよ。颯が緊張して歌えなかったのは残念だけど、概ね上手くいったじゃん。皆だってそう思ってるって。まあ…俺らからは言いにくいけどさ」

「そだね。元はと言えば僕が暴力事件起こして降板して迷惑かけちゃったから…」

「その原因作ったのは俺だからな。つーことは俺が悪いから岸くんは落ち込むことねーって」

「ありがと二人とも。でも、俺が落ち込んでるのはそうじゃなく…」

岸はたこ焼きを一つ口にした。香ばしい小麦粉と、ソースの味が絡み合う…単純に美味しくて少しほっとした。

「そうじゃなく?」

「うん…颯のあの感じ…なんか、緊張とかプレッシャーとかじゃなくてもっと違う理由がある気がしてさ…」

そう、岸はそこが気になっていた。むしろ緊張で声が出なかったとかであれば颯の性格だ、もっと前向きに捉えようとするはずなのにあの時の様子はそんな感じではなかった。

「違う理由?なんだよそれ。嶺亜の方なら分かるけどよ。つかあいつ、栗田のことがあった直後なのによく舞台に立てたな。あいつやっぱつえーわ」

「でも嶺亜も少し変じゃなかった?栗田のことは置いといて…ほっぺたが片方赤かったし、どこかでぶつけたとかかな…」

嶺亜の名前が出たことで、岸は自分の中の胸騒ぎがまた広がる。

嶺亜の様子が少しおかしい。それと共に颯もおかしい。何かが狂い始めているような気がして、どうにもそれが岸の心を不安定にさせた。

俺は…

岸はマリア像を見る。その微笑みが何かを暗示しているように見える。

俺が犯した過ちの償いは、どこかでしなくてはならない

そこに辿り着くと、岸は神宮寺と玄樹にこう言った。

「神宮寺、玄樹」

「ん?」

「何?岸くん」

「俺に何があっても、二人は俺の友達でいてくれる?」

神宮寺と玄樹は顔を見合わせる。そして再び岸に向き直ると神宮寺は岸の額に手を、玄樹はポーチから粉薬を取りだした。

「岸くんマジで熱あんじゃね?あーやっぱ働き過ぎなんだわ。俺教師とかやっぱやだわ。こんなおかしくなるくらい働かされるなんてよ。もっと人間らしくいられる仕事にしとくわ」

「岸くん相当疲れてるよ。ストレスは人間をダメにするからほどほどに…。胃薬と漢方薬ならあるけど…たこ焼きじゃなくてうどんとかにした方が良かったかな。お腹にやさしいし」