掘れども掘れども土は尽きない。一体どれくらい掘り続ければいいのか…先の見えない果てしなさに心が折れそうになるがそれでもせずにはいられない。嶺亜も神宮寺も必死で掘り続けた。

「おい」

「なぁにぃ…」

掘りながら、神宮寺は嶺亜に話しかけた。

「こんな辛い作業黙々としてると気が狂いそうになるぜ。なんか楽しいことでも話せよ。そしたらちょっとは楽になるからよ」

「じゃあそっちがお願いぃ。とても今そんなの出てこないよぉ」

手が痺れてくる。早くも汗が滲みだしていた。

「なんでもいーから絞りだせよ!!栗田とイチャイチャしたこととかでもいいからよ!!」

「そっちこそ最近見た中で一番興奮したAVの話でも語れよぉ!!」

「さすがに今エロ話なんか出てこねーよ!じゃあお前がやってる怪しげな儀式とやらでもいーやこの際!なんのためにあんなことしてんだよ」

そう問いかけると、嶺亜の手が止まった。神宮寺は少し動揺する。

「お、おい、なんだよ。俺なんか変なこと言ったか?」

「…」

嶺亜は押し黙った。ペンライトをつけたままそれをスコップがわりに掘っていたからその横顔がぼんやり浮かびあがる。

ひどく哀しそうだった。

「おい…」

「…あの本の通りにしたら、本物の女の子になれるかもしれないと思ったんだよぉ」

「え…?」

予想だにしない答えが返ってくる。神宮寺も手を止めた。

「どういうことだよ…」

「そのまんまだよぉ。本物の女の子になれば栗ちゃんだって…」

神宮寺の胸の中にざわめきが生じる。よく分からないが何故か鼓動が速くなった。

その理由が、次の嶺亜の呟きで形を成し始める。

「栗ちゃんだって男の子だから、女の子が好きなんだって思ったら…僕も女の子にさえ生まれてたらって…」

「おい待てよ、栗田に好きな女の子でもいるっつうのかよ。そんな話聞いたこと…」

「そんなのいないけどぉ…栗ちゃんだって男の子だからえっちな本を喜んで見るんだって思ったらぁ…」

神宮寺の中の記憶の糸が一本ずつ繋がってゆく。そうだ、あれはたしか去年の今頃…文化祭で栗田としゃべったら妙に気があってつるみ始めて、そして…

「おい栗田、これ見てみ?すんげー巨乳だろ!たまんねーだろ!!」「ギャハハハハ!!すっげーなこれ!!こんなんほんとに存在すんのかよギャハハハハハ!!!」「いーからとっとけ。あと俺のオススメは…」

そんなエロ談義で盛り上がったのを覚えている。もしかしたら嶺亜がそれを後ろで唇を噛んで見ていたのでは…

「僕は男の子だから友達以上にはなれないんだぁって…そう思ったらもう何もかも嫌になって気が付いたら裏庭の石碑の前に立ってた…」

「石碑…?」

「なんかに導かれた気がしてぇ…暫く立ってたらぁ足元に何か金属製の箱みたいなのが見えたんだぁ。その前の日に大雨が降ってたかなんかでぬかるんだ地面がちょっとえぐれてたからぁ。それを開けたらあの本が入っててぇ」

あの本…いつも嶺亜が持っているあの古びた本だろうか。神宮寺は考える。

「誰がどういう意図で書いたものかしんないけどぉ…そこにはおまじないがいっぱい載っててぇ。全て終えたら大好きな人と一緒になれるって記してあって…もうこれしかすがるもんがないと思ってぇ…」

「それで、『魔女』って…」

「そぉだよぉ。でもそのアダ名、僕にとっては別に悪いもんじゃなかったよぉ。魔女でもなんでも、女の子になれるなら大歓迎だもん…」

神宮寺は全て理解した。嶺亜が自分に対して疎遠になったのは栗田に妙な知識を植え付けたからだ。知らぬとはいえ、嶺亜がずっと温めていた恋心に亀裂を入れてしまった。

その亀裂を埋めるかのように嶺亜は本に記された儀式を一通り行って自らの精神安定をはかっていた。全て終えれば女の子になれるかもしれないという儚い願いと共に

「…」

神宮寺が言葉を失い、罪悪感の波に飲まれているとしかし嶺亜はペンライトを再び振りおろして土壁に当てた。

「でもまだ儀式は全部終えてないしぃやるべきことが残されてるから死ぬわけにいかないんだよぉ!!」

涙まじりの声でそう叫びながら嶺亜は一心不乱に土を掘り続ける。神宮寺はその姿を見ながらこみあげるものを抑えて自分もそれに倣った。

とにかく掘ろう。そして生きて帰る。それから…

そうして無言のままどれくらい掘っただろうか…しかし実際には殆ど進んでいないだろう。土は固い。疲労感が気力を上回り始めたその時だった。

「…!?」

地を揺るがすような轟音がどこかから聞こえる。疑問に思う間もなくそれはすぐに迫ってきた。

「なんだ…!?一体何が起こったってんだよ!!」

凄まじいエネルギーの塊が押し寄せてくる。天地を揺るがすような巨大な隕石の落下のような…まるでこの世の終わりかのごとく震撼させていた。

「何…?もういよいよ死ぬのぉ…?」

嶺亜が唇をわななかせる。きゅっと目を瞑って何かを覚悟したように両手を組んでいた。

「馬鹿かよ!!死ぬかよ!!死なせねえよ!!」

知らず、神宮寺はそう叫んでいた。

轟音がいよいよ間近に近付いてくると神宮寺は嶺亜に覆いかぶさる。それは自分はどうなってもかまわないから、嶺亜だけは生きて帰すという自己犠牲の精神に他ならない。土壇場にきて一番素直な気持ちだけが先行した。

「…?」

きつく目を閉じていたが、一向に何の衝撃も襲ってこないので神宮寺は恐る恐る目を開けた。そこで信じられないものを見る。嶺亜と神宮寺は同時に叫んだ。

「颯!?」

「颯ぅ!?」

逆さまになった颯がそこにいた。そして光が挿し込んで来て上の方で大勢が叫んでるのが聞こえる。

見上げると、そこにはひどく懐かしい仲間の顔があった。