こっそり回収した防犯カメラには変わったものは何も映っていなかった。もっとももう机は荒らされていないから当たり前かもしれないが…

「一度事件を整理してみよう」

机の上に羽生田が紙を置き、日付と起こった事件を書きだして行く。

1、神宮寺の机が荒らされる(4限の体育の授業中)

2、嶺亜の机が荒らされる(1の翌日の早朝、もしくはその日の放課後以降)

3、神宮寺&岩橋の部屋および嶺亜の部屋が荒らされる(昨日)

「犯人は瀬久菩寮と瀬久樹寮の部屋の鍵を自由に操れる人物…つまり管理人があやしいということになるけど、それぞれの寮に管理人は一人ずついるみたいだし、しかもそれだと動機がなあ…」

岸くんは腕を組む。こういう頭脳戦はあまり得意ではないのだ。早くもショートしてきた。

「でもさーなんで管理人が神宮寺と嶺亜に嫌がらせするわけ?ほとんど面識ないんだろ?」

バームクーヘンをむしゃむしゃかじりながら倉本が言う。神宮寺と嶺亜は頷いた。

「管理人を困らせてるのはしょっちゅう回って設備壊す颯の方だけど…俺も同室だし良く思われてないっぽいんだけどね…」

谷村が暗さ全開でぼそぼそと話す。その横で似たような口調の岩橋が神宮寺を指差した。

「あ、でもそういえば神宮寺こないだ渡り廊下の窓の板に穴開けようとした時見周りの管理人に捕まえられたよね?そのことかな…」

「けどそれでなんであそこまでやる必要がある?たっぷりお灸は据えられたしそれ以降目立ったことはしてないはずだが」

羽生田がそう意見した。彼は続ける。

「確かに、鍵を管理してるのは管理人だがいつでも合いカギを作るチャンスはある。体育の時にでもちょっと拝借しておけばいいんだからな。まあ、合いカギなんてすぐに作れるもんじゃないが」

「マスターキーがあるのかも。何かあった時すぐに踏み込めるよう全ての部屋をこれ一本で開けられるって鍵がさ。そしたらそれを盗んで合いカギ作れば僕達から盗まなくてもいいよね?」

岩橋が推理する。それももっともである。とするとやはり容疑者を絞り込むのが難しくなってきた。

「でもなんで嶺亜と神宮寺なんだろ。二人ともイジメにあうようなタイプじゃないじゃん。どっちかってえとそれは岩橋か谷村の役のような気がするけどなー」

スティックパンを両手に、倉本がそんなことを言う。谷村と岩橋は心外だ、という表情になった。

「二人して恨み買ってるならやっぱクラスメイトが怪しくね?お前ら二人、誰かに無意識に嫌がらせしちゃったりしてない?例えば神宮寺はうぶなクラスメイトにビニ本ちらつかせてセクハラまがいのことしたとか嶺亜はズルしてそいつに不満持たれてるとか」

嶺亜と神宮寺は顔を見合わせる。が、二人ともすぐにお互いに視線を逸らした。

「おい失礼なこと言うなよ倉本、仮にも俺はお前の一個上の先輩なんだからよ、敬語ぐらい使えよ。もうそんな設定誰も覚えてねーだろうけど。それはともかく、そんな奴ぁうちのクラスにゃいねーな。むしろ見せろ見せろってたかってくるぐらいだしよ」

「僕もぉ。そんな人から恨まれるようなズルはしてないよぉ。もっともこないだの化学室のヘッドスピンの件で岸が根に持ってるなら別だけどぉ」

嶺亜が岸を横目で見る。岸くんに皆の視線が集まり、それまで必死に頭を働かせていた岸くんは急な名指しに慌てた。

「へ、お、俺!?」

「そういえば、この一連の事件は岸くんが来てから起こりだしたな…」

羽生田が呟くと、疑惑の色が濃くなってゆく。予想だにしない事態に岸くんは汗が滝のように流れた。

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょっと待って!!俺じゃないよ!?俺にそんなことできないでしょ!体育の時もちゃんと授業受けてたし早朝に学校にも行ってないし部屋が荒らされた時間だって皆といたじゃん!!冤罪だ!!誰か弁護士呼んでえええええええええええええ」

必死になって岸くんが弁論すると、一瞬の沈黙の後爆笑が起こる。

「岸くん犯人説は無理あんだろー!そんなことできそうにないしそんな頭脳もないだろうし」

「我ながら傑作だった…岸くんが犯人だなんて…あはははははははは!」

「岸くんはそんなことする人じゃないよ!皆疑うなんてひどい!」

「推理小説なら一番怪しくない人が犯人だけど…この場合当てはまらなさ過ぎて笑えるよね」

笑いの渦が雰囲気を和やかにしていくその一方で栗田が珍しく真剣な顔と口調で呟く。

「…俺はれいあが倉庫から通じる渡り廊下にブレスレット取りに行った時誰かに襲われかけたってのが気になるぜ。もしかしたらそいつかもしんねー。れいあ、顔見たか?」

「ううん。怖かったしぃ逃げるのに必死だったからぁ…」

栗田に寄りかかりながら嶺亜は口元に手を当ててすっかりぶりっこモードだ。彼にとって部屋を荒らされたショックよりも栗田に心配してもらえる喜びが遥かに勝るのかもしれない。

「え!?なんだよその倉庫から通じる渡り廊下って!」

神宮寺が目を丸くして身を乗り出す。

「あそこ入れんのか!?俺の手に入れたこの古文書によるとあそこには神様が眠って…」

「ちょっと神宮寺、今その話はいいでしょ。今は君と嶺亜に仇成す者の話をしてるんだから、それは後で」

岩橋に諭されて、神宮寺は渋々座りなおした。

「何かなくなったものとかはないの?」

岸くんに汗を拭くためのハンカチを渡そうかどうか迷っていた颯はふと思い立ってそう二人に問う。しかし二人とも首を傾げた。

「俺は最初に机に入れてたエロ本破られてたぐらいだな。部屋に置いてたコレクション丁寧にまた揃えたけどなくなってたり壊されたもんとかはねえ。服とか教科書の類も」

「僕もぉ。机の時は教科書破られてたけど昨日はひっくり返されてるだけでなぁんにもぉ」

「だったら物盗り目的じゃなくて、単なる嫌がらせかな…ますます分かんないね」

皆で頭を抱える。3人よれば文殊の知恵というがその3倍の9人が集まっても何ら進展しなかった。

その9人の中で最もアレな頭脳を持つ栗田がこう締めくくる。

「誰だか分かんねえけどよ…とにかくれいあは俺が守る。おいれいあ、今日から俺、お前の部屋で寝泊まりするから。いいな?」

「栗ちゃん…」

恋する乙女のうるうる目になって、嶺亜は両手で口元を押さえる。二人っきりのれあくりワールドが展開されるのを横目に羽生田はオホン、と咳払いをした。

「まあとにかく…防犯カメラをもう二台仕入れてくるからこっそりお互いの部屋の見つかりにくいところに設置しておいてくれ」

とりあえずの防犯対策を練ったということで皆が若干安堵していると神宮寺が茶化すように言った。

「おい嶺亜、栗田。その防犯カメラの映像が18禁になんねえようにほどほどにしとけよ」

栗田はバカ笑いで答えたが、嶺亜は栗田の腕にしっかりしがみつきながら憎まれ口を返す。

「それはお互い様ぁ」