「すんごいノスタルジーな部屋だね」
タイムスリップしたかのようなケバだった畳敷きに何故かブラウン管のテレビ(当然映らない)、ところどころ破れた障子と「いかにも」な部屋にSAMURAI荘の面々は眉をひそめた。
「布団とか大丈夫かよ。臭くねーだろうな」
大光が押し入れを開けるが何もなかった。今野は「ゴキブリとか出てきたら俺帰らせてもらいます」と早くも引き気味だった。
「いやコレきっと温泉はスゲーっていうオチっすよ。滝みたいになってて滑り台もついてるとか」
「矢花、それは温泉じゃなくてプールの発想だ…」
そこで食事の前に温泉に行ってみようという話になったのだが…
「ちょっと待って。全員で入るの!?」
克樹が待ったをかけると全員きょとん、とこちらを向く。
「克樹何言ってんの?そんな狭くないでしょ。うちのアパートのお風呂じゃあるまいし」
琳寧がツッコんだがぶんぶんと克樹は首を横に高速で振る。
「だってうちには永遠の美少女メンバーがいるじゃないか!みんなで混浴とかそんな…刺激的すぎるだろ!そんなのAVでも見たことないシチュエーションだよ!『ドキッ♥美少女男の娘と5人の侍美少年達の乱痴気混浴パーティー☆』とかどんだけ性メディアに寛容な国でも規制かかっちゃうよ!裏ビでも無理だよ!そんなことになったら克樹の克樹がJetなDoしてメガトン大爆発だよぉどうしてくれんだよ僕はそういうキャラじゃないんだよ!ちょっとばかしファッションセンスがダサくてちょっとばかし頭が良くてちょっとばかし顔も良くてついでに最近ラップキャラに仕立て上げられてるけど釣りが趣味で魚捌いてそんなぽんさんギャップ萌え萌え!で地道にコツコツファン増やしていってるのにいきなり下ネタキャラになっちゃうのか?そんなのダメだってば!そんなの…」
「克樹、皆行っちゃったよ。りんねももう行くね」
慌てて追いかけると大浴場で歓声が聞こえた。脱衣所にはもう誰もいなかったがその向こうではしゃぐ声が聞こえる。
「嶺亜!貞操はしっかり守って!」
飛び込むと、そこには湖かと見まごうような巨大な温泉池があった。まるでアイスランドのブルーラグーンだ。いくらなんでも広すぎでは…と思いながら入ると嶺亜は優雅にゆらゆら湯船に揺られていた。
「れ、嶺亜、お湯加減いかが…?」
「いかがって自分も入ってんじゃんかよぉ」
近づいていくと、嶺亜はくすくす笑う。一糸纏わぬ状態でお湯の中で繋がっている…それだけでエクスタシーを感じて昇天してしまいそうになるが今倒れるわけにはいかない。必死に自制を試みた。
「それにしても広いね。りんねこんな広い温泉初めて見た。大光と矢花とか遙か彼方に行っちゃって見えなくなっちゃったね」
「そういや脱衣所、男風呂か女風呂か確かめないまま入っちゃったけど大丈夫かな…」
嶺亜の裸体にはバッキュンしてしまうが他の女性客なら直ちに退かなくてはならない。今更だったが克樹は念のため確かめることにした。ここで全員通報されたらせっかくの金曜YouTubeもおじゃんになってしまう。
「…書いてないな…脱衣所もここだけみたいだし…」
変な作りだが女風呂じゃないことが分かったのなら一安心だ。ゆっくりと温泉を堪能した後は部屋に食事が運ばれていたが…
「なんか質素すぎない?精進料理?これ」
お世辞にも豪勢とは言えないしょぼい料理が人数分配膳されていた。少食で食に興味のない嶺亜は特に不満を漏らしていなかったが、当然食べ盛りの大光や克樹などは足りるはずもない。
「こんな時のために持ってきておいて良かった…」
持参したカップラーメンにお湯を注ぐべくポットを探して室内を見渡したがそんなものはなかった。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
「調理場でお湯借りてくる」
克樹は部屋を出た。旅館なら調理場があるだろうし、頼めばお湯くらいくれるだろう。とりあえず受付で訊こうとロビーに降りたが誰もいなかった。他に客もいなさそうだし静まりかえっている。心なしか照明も抑えめで暗い。
「困ったな…従業員の控え室くらいありそうだけど…」
このまま引き下がるのもなんだかなあ…と克樹は館内をぐるぐると練り歩く。それにしても他の客が全くいない。不便な場所だし泊まっているのは自分たちだけかもしれないな…と思ったところで物音がした。
「あの~すみません、お湯をもらえますか?」
音のした方に呼びかけてみたが返事はない。確かめてみたが従業員室のようなドアには鍵がかかっていて開かなかった。
数分ほどウロウロしたものの、一向に誰にも会えないので仕方なく克樹は部屋に戻ったが…
「え?ちょっと、みんなどこ行ったの…?」
部屋はもぬけの殻だった。布団だけが敷かれていたが誰もいない。テレビも映らないし携帯の電波も届かないからやることがなくて後は寝るだけだと皆ぼやいていたが…
「ちょっと~僕を置いてどこ行ったんだよ。嶺亜まで…」
また温泉にでも入りに行ったのだろうか…そう思い至って大浴場に向かう途中で人の気配がした。
「か~つきぃ」
「あれ?嶺亜…ってえぇ!?」
嶺亜の声に振り向くと、あまりにも想定外の展開に克樹は腰を抜かしそうになった。
そこに立っていたのは嶺亜に間違いない。間違いないが…
「どどどどどどどどどうしたのその格好…?」
なんとそこには某深夜ドラマの某回で登場した架空のアニメキャラ、近衛アイちゃんのコスプレをした嶺亜が立って微笑んでいた。あまりの出来事にアゴが外れそうになる。
「えへへ…似合う?」
上目遣いではにかみながら嶺亜は訊ねてくる。
「に…ににに似合うだって?似合うなんてもんじゃない、そりゃあ僕は野郎組はかかさず見ているけど…二台のブルーレイレコーダーを駆使して可能な限りディスクに焼いて保存してるけど…嶺亜の出番だけを収めたミムリンスペシャル盤だって作っているけど…第4回のアイちゃんコスプレは嶺亜じゃなくてなんで織山なんだと心の底から口惜しい思いをしてなんなら日テレに抗議の電話を入れようかとも思ったけど…ああもうこんなことがまじで現実に起こるなんて…全れあヲタの夢がそこに詰まっている…神様ありがとう…たとえ地球が滅亡してもアイちゃんには歌っていてほしい…」
フラフラと、吸い寄せられるように克樹はアイちゃんコスプレの嶺亜に一歩、また一歩と近づいていく。嶺亜は両手を広げたかと思うと、ポーズをキメた。
「マジカルアイドル~近衛・アイ…バッキュン♥」
「ああもう死んでもいい…マジカ~ルラブリ~…」
両手を広げてウエルカム状態のアイちゃん嶺亜にまっしぐらに飛び込んで行く…神様仏様アラーの神様ありがとう。今宵克樹は大人の階段を一つ登ります。
「そう…何も考えなくていいんだよぉかつきぃげえええええええええええええええええええええ!!!!!!」
目の前のアイちゃん嶺亜はいきなり苦悶の表情で悶え始めた。それもそのはず、克樹の手には先日完成した超高性能スタンガンがスイッチオン状態で握られていたのだ。
「ぐおおおおおおお…貴様あああああああ何故ワシが偽物であると見破ったあああああああああ」
アイちゃん嶺亜はみるみるうちに姿を変え、妖怪白髪鬼…ではなく老婆になった。受付にいたあいつだ。
「どういう意図があってこんなことしたのかは知らないけど、相手を騙すんならもうちょっと勉強するべきだな」
ふっと笑って克樹は老婆に言い放つ。そして息を吸い込み、一気にまくしたてるように説明を開始した。
「いいかよく聞け妖怪!嶺亜が僕に甘い声で『か~つきぃ』なんて呼びかけてくるなんてことなんて地球が10回滅亡してもあり得ないんだよ!インポッシブルなんだよ!嶺亜にとって僕は犬!場合によっては犬以下かもしれない!尻尾を振られることはあっても決して振ることのない存在だ!寝ずに考えたファッションコーディネートも鼻で笑われ、どれだけ頭いい発言をしても『IQだけ王子』とディスられる。顔もこんなにいいのにそこだけはスルーなんだ!体型に関してはもう、そりゃもうディス!ディス!ディスだ!「切実に痩せて欲しい」なんて雑誌で言われるんだぞ!体型管理と称して差し入れも奪われる!そしてファンが考えた『ぽんさん』という愛らしいニックネームも「狸みたい(に太ってる)だからだと思ってた」なんていうミもフタもない言い方で済まされるんだ!分かるか?絶対に不可能なことを消去した後に残るのは疑問のみ!これは嶺亜の格好をした誰かが僕を陥れるために罠を張ったとしか思えないってことだ!僕を騙したかったんならとりあえず横原に電話中に僕に話しかけられて面倒くさそうに一瞥だけする嶺亜、ぐらいにしとくべきだったな!」
「ぐおお…なんか分からんがお前が不憫すぎる…総選挙1位なのに…」
「分かったか?ところで嶺亜を…みんなを何処にやった?みんないなかったのはお前の仕業だろう」
「クククク…言うと思うか?げひゃああああああああああああああああああああああああああ」
克樹はもう一発スタンガンの電流をお見舞いした。妖怪はのたうちまわって絶叫する。
「言え。言わないと今度はこの高性能バーナーで焼き切る」
「ぐはああああああああああ普段は犬ッコロみたいに大人しいくせにこんな時だけ豹変しやがるうううううぐはあああああああああああああ!!!!」
妖怪の断末魔が轟き渡り、その後克樹は布団部屋に寝かされていたSAMURAI荘の面々を救出した。
「いてて…おっかしいな…りんね廊下に出たらお忍びでトレーニングに来たっていう上田君に出会って『りんね、俺と一緒に筋トレランデブーだ』って言われた記憶があるんだけど…」
「俺もトイレ行こうとしたらオフの高橋海人くんが『大光、俺と朝までダンスバトルだぞぉ』って誘ってくれて…そっから記憶ない」
「ねむ…俺浩大がなんでか知らないけどこんなとこに駆け付けて『大輝、温泉で朝までオールでカラオケしようよ』って言ってきたこと覚えてるんだけど、浩大どこ行った?」
「俺は寝ようとしたら窓の外にギターの神様エリック・クラプトンが手招きしてて…そっからよく覚えてない」
「…」
どうやらあの妖怪はその人が求めている誰かになりすまして言葉巧みに誘い出していたようだ。
となると、嶺亜は…
「れ、嶺亜はちなみに誰を見たの…?」
恐る恐る訊ねると、嶺亜はだるそうに首を鳴らしながら
「よく覚えてないけどぉ…手越くんが出てきたようなぁ…」
「あ、手越君…そっか。そうだよね…うん」
無難な名前が出てきたことにほっとしつつ、疲れ果てた皆が寝静まった頃にちゃっかりと嶺亜の寝顔をスマホに収めることに成功した克樹だったが、一つ大きなミスを犯したことに気付いた。
「しまった…妖怪が化けた嶺亜のアイちゃんコスプレもスマホに収めておくべきだった…」