「ギャハハハハハハハハハハ!!!れいあうめーな!初めて乗ったとは思えねーぜ!!」
「ホント?楽しいねぇマウンテンバイクって。今度パパに買ってもらおうかなぁ」
朝もはよから栗田と嶺亜がはしゃぐ声に目覚めたばかりの挙武は欠伸をして一瞥する。全く…と呆れながらもちょっと乗ってみたくなり寝間着のままサドルに跨がった。
「ギャハハハハハハハハハハ!!!挙武おめーヨッパライみてーな走り方だな!おい、そっちは池だぞギャハハハハハハハハハハ!!!」
羽生田家の庭は広いのでマウンテンバイクの練習にはもってこいだが池もある。あわや落ちかけて挙武は朝から冷や汗をかいた。
食堂ではもう郁が一足早く朝食タイムだった。その食べっぷりをいつも家族で一番早く起きる羽生田家の父が感心しながら見ている。
「しかしよく食べるね君は。挙武と嶺亜もこれくらい食べてくれれば…」
「パパおはよぉ。郁すごいねぇそんなに食べてお腹はちきれない?あ、トマトあげるね」
嶺亜はひょいっと自分の皿に盛られたトマトを郁の皿に移す。郁はそれをありがたそうに食べた。
「嶺亜、トマトもちゃんと食べなさいといつも言ってるだろう」
「トマトは無理だっていつも言ってるじゃん」
「全く…」
呆れながらも嶺亜の父はそれ以上彼を叱ることはなかった。それに対して挙武がけちをつける。
「父さんは嶺亜に甘すぎる。もっと父親として厳格に叱ってくれないと。こないだだって…」
ブツブツ文句を言う挙武の声など聞こえないかのように、嶺亜は栗田と夢中で話している。そのうちに颯と谷村も食堂にやってきて朝食に手をつけ始めた。
「ギャハハハハハハハハハハ!!!岸の奴まーだ寝てんのか?しょーがねーなーあの汗だく寝ぼすけは!」
栗田に叩き起こされて寝癖全開のボサボサ頭、そして半目状態で現れる。それでもしっかり朝食は摂り、そこで話し合った結果一度ワゴンの様子を見に行くべく、午後には背分村を発つことにした。
「ま、しゃーねーな。一度出直しだギャハハハハハハハハハハ!!!」
栗田も納得し、背分沼のある道まで羽生田家の車でマウンテンバイクごと送ってもらう。
丁度林の入り口に着いた時、見慣れた人物が車窓から見えた。
「神宮寺と玄樹、何してんのこんなとこで」
彼ら二人ともう一人、20代半ばくらいの青年もいた。雰囲気がどことなく神宮寺に似ている。それを栗田が指摘すると神宮寺は兄だと紹介した。
「玄樹が昨日の祭りで背分沼近くの灯籠で時計落としたかもっつったから今日日曜で休みだし兄貴もこうして一緒に探しに来てくれたんだよ」
神宮寺の兄はにっこり笑って自己紹介をする。優しそうな青年だった。
「それにしてもお前らこそなんでこんなとこに?」
神宮寺に訊かれて、岸くん達がここから来てそして帰ることを話すと、彼は可笑しそうに笑った。
「変ってんなーお前ら。あっちの道は殆ど通る奴なんていないのに。すっげー不便だからな」
「いやー始まりはといえばこれで…」
感慨に浸りながら、岸くんが一冊の本を取り出す。全てのきっかけはこの会報を発見したところからだと思うとなんだか不思議な気持ちだ。この五日間の回想に浸っていると、青年が「うん?」と肩眉を釣り上げて会報を覗き込んだ。
「これ…」
青年は岸くんの持つ会報を手に取る。そしてパラパラとめくるとあんぐりと口を開けてこう呟いた。
「俺が大学にいた頃書いたやつだ…」
「へ?」
「間違いない。俺、何かのサイトでこのあたりの集落に吸血鬼伝説があるって聞いてキャンプがてら確かめにこのあたりに来たんだよ。それで道に迷って背分村に着いたんだ。そこでこの村の素朴な魅力に惹かれて居着いちゃって…。結局大学にも退学届出さないまま除籍扱いになっちまったっけ」
「ウソ…じゃあこの行方不明の部長さんて…神宮寺の兄貴だったの?」
会報に記された名前は神宮寺ではなく別の名字だったが、彼らは一時期別の親戚に引き取られて別姓を名乗っていたらしい。
「懐かしいなー。あの時勇太も誘おうと思ったけど丁度予定が合わなくて…。お前が身一つでボロボロになりながらここに来た時は驚いたよ。車もなしに峠道超えて…玄樹が発見してなかったらのたれ死んでたとこだったもんな。感謝しろよな」
「感謝してるって。だからこうして一緒に落とし物捜しに来たんだし。な、玄樹?」
「まあね…」
そんな偶然もあるのだろうか。それとも全ては必然なのだろうか。岸くんたちは顔を見合わせる。
「岸くん、帰ったらこの話まとめなきゃね。これは絶対みんな興味示してくれるよ!」
颯がマウンテンバイクに跨がりながら張り切ってまくしたてた。そこで岸くんも当初の目的を思い出す。
「だな!やることがいっぱいあるな。あ、写真!写真たくさん撮っとかなきゃ!とするとまだまだ帰れないな…」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!やっぱもう暫く厄介になろーぜ!れいあ、俺もうちょっとこの村にいるわ!」
「本当?嬉しいよぉ」
嶺亜は栗田にぴったりと寄り添う。それを挙武がやれやれ呆れながらと肩をすくめた。
「全く嶺亜は…まあ仕方なかろう。面白そうな連中だし退屈はしそうにないな」
「よーしそうと決まったら飯食いに行こうぜ!腹が減っては会報は書けぬ。俺も協力してやるからバイト料はずめよ!高校生の貴重な夏休みを捧げるんだからな」
郁は上背分食堂へとハンドルを切る。
「あの…俺のママチャリパンクしてるんですけど…」
谷村がぼそっと呟いたが誰も聞いていなかった。
一冊の会報が招いた奇跡のような物語が神七大学ミステリー研究会の会報に掲載されたかどうかは定かではない。
だが、確かにその物語は存在した。
そしてその夜の星は一段と輝きを増していた。
END
BGM 「We beheld once again the Stars (Riveder le Stelle)」Z. Randall Stroope