校舎を出ると、もう祭りの準備はほぼ終わっていて、村じゅうの人が集まっているかのように人が大勢いた。浴衣や甚平に身を包んだ子どもが何人かはしゃぎ回っている。

「たこ焼き食おーぜ!わたあめも!」

郁は夜店の方に吸い込まれるようにしてすっ飛んで行った。ちょうど小腹が減ったから岸くん達も後に続く。

「いらっしゃい。自家製の特製メロンパンだよ」

その声にメロンパン好きの颯が振り向くと、店に立っていたのはあのおばさんだった。「あ」と声をあげそうになるのを寸前でこらえ、颯はその店の前に立つ。

「いらっしゃい。おや、村の子じゃないね?どっから来たの?」

「東京からです。5つください」

おばさんの隣に立っていた30代くらいの男性が手際よくメロンパンを袋に詰めていく。どことなく面影がおばさんに似ていた。

5つで800円ね。君、なんだか初めて会った気がしないわあ。1個おまけしとくね」

おばさんはにこにこと笑っている。朗らかで、幸せいっぱいの笑顔だった。

「ありがとうございます。あの…お二人は親子、ですか?」

訊ねると、おばさんは袋を差し出しながら、

「そうなの。よく似てるって言われるけどこの子は嫌がるんだよ。誰に育ててもらったんだよってんだよね。そろそろ孫の顔が見たいんだけどこの子は奥手でね、まだ独身で…」

男性はきまり悪そうに店の商品を並べている。寡黙で純朴そうな雰囲気が漂っていた。

この人が…

颯はメロンパンをかじりながら接客に忙しく動き回るおばさんを見つめる。そのうちに、夫と思しき白髪交じりの中高年男性も手伝いに入り始めた。

「良かった…幸せそう」

それを確認し、颯はバターの香りがするメロンパンをもう一回かじる。甘い味が口いっぱいに広がった。目ざとい郁がそれを見て無心してくる。皆の分を買ったから颯はそれを分けに走った。

空が朱色から薄墨色に染まる頃、祭りが始まる。櫓太鼓が鳴り、提灯に火が灯り始めた。その提灯のどれもに、見慣れたマークが記されていた。

「あれは…」

岸くん達は気付く。あの形は御印の痣…

それを近くを通りかかった村人が説明してくれた。

「あの形はこの村に昔から伝わるお守りの印だよ。雨の恵み、五穀豊穣を願う背分村古来のお守りだ」

「お守り…」

岸くんが呟くと、ラムネを飲んでいた栗田が声をあげる。その先に嶺亜と挙武がいた。

二人とも同じ服を着込んでいる。どこかの民族衣装のような、不思議な衣装だ。

「二人でなんかするみたいだね」

「おーれいあ!似合ってんぞー!」

栗田の声に控えめに手だけ振って、嶺亜は挙武とともに松明を受け取った。その大きな火に照らされた二人の表情は凛としていて、神々しささえあった。

ふと周りを見やると、人々がお守りとよく似た形のオブジェを持っている。小さな、掌大のそのオブジェには火を受けるところがあり、嶺亜と挙武の持つ松明から火を分けてもらって次々に明るさを増していく。

「これが背分祭りの特徴だよ」

いつの間にか背後に玄樹と神宮寺がいた。彼らもまた、オブジェを手にしている。

「このお守りに灯った火を持ってこの後村を練り歩くんだ。その火が星に例えられててね。村に点在する7つの灯籠を決まった道で巡るの。そうすると上空からは星印みたいに見えるんだって。まあそんな高さから見た人はいないけどね」

「おもしれーだろ?俺も最初これ見た時けっこう独特で驚いたわ」

「松明から火を分けるのは代々羽生田家の跡取りがするんだけど、嶺亜と挙武は双子だから二人でその役を担うんだよ」

「へえ…」

「岸くんたちも参加してみる?お守りはまだあるから」

玄樹はお守りの余りを持ってきてくれたが1つ足りなかった。やはりというか、もらい損ねたのは谷村だ。いつものことだから浅い溜息だけついて、近くのベンチに谷村は腰掛けながら遠目に岸くん達が火をもらうのを見る。

「…」

空を見上げるともう紫紺で満たされていて、そこに星々が輝いている。暫くそれに見とれていると、すぐ側に人の気配を感じた。

「あ…」

その人物を谷村は知っていた。

神父だ。

落ちくぼんだ目を真っ直ぐに星空に向けている。谷村が凝視したのを感じたのか、神父は谷村の方を見やる。

「…見ない顔じゃな。どこから来た?」

しわがれ声で、神父は問う。いや、この世界ではもう神父ではないのか…

「東京…です」

「…今夜は星が一際美しく輝いておる。まるで…」

谷村の返答が聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないが、独り言のように神父は呟いた。

「この村の救い主達を歓迎しとるかのようじゃ」

「え…?」

どういう意味か訊ねようとすると、谷村を呼ぶ声が向こうから聞こえてくる。ちょうど足りなかったお守りを用立ててくれたのか、それを手に持った颯が手招きしていた。

行きかけて、谷村は神父を振り返る。彼はその深い皺に刻まれた眼差しを谷村に向けることなく、立ち上がり、まるで闇にまぎれるかのようによぼよぼとどこかへ去って行く。

「おーい!谷村ってばー!」

颯が呼んでいる。だが谷村は踵を返した。

「…これは…」

神父の座っていたあたりに一冊の古びた本が落ちているのが見えた。谷村はそれを手に取る。

背分村民話集だった。

「…」

谷村が来ないもんだから、岸くん達はお守りを持ったまま谷村の元に歩み寄る。だが谷村はそれに応える余裕はなかった。

もしかして…

何かに突き動かされるようにして、谷村は速読のように次々とページをめくる。なんとなくの字面で書いている内容は分かる。二度読んだから、めくる毎に内容に変わりはないことは分かっていた。

「おいおいどうしたんだよ谷村。拗ねてんの?ちゃんと谷村の分ももらってきたってば」

岸くんが声をかけてくるが、谷村は応えることができない。

そしてそれを見つけた。

「どうしたん谷村?それ、民話集じゃね?お前図書室から持ち出してたんか?」

郁の問いに、軽く首を横に振って、谷村は最後のページに刻まれたその一文を音読した。

「…其の五人の来訪者、二人の村外の者と七つの灯籠に火を灯し、呪いを打ち消し村に平穏を与えん。星の恵みを此の地に呼びて背分村の民を救う」

「へ?何それ?」

岸くんが谷村の読んだページを覗き込む。

「これ、図書室と資料館のやつとはまた違うの?そんな一文あった?」

「いや、なかった…」

「これ、誰が…」

谷村は今し方神父に会ったことを話した。だが彼の姿はもうどこにも見当たらない。人々にまぎれたか、それとも…

「これって…俺たちのこと?やっぱ呪いは消滅できたってこと?」

「でもそれが、なんで何百年も前の民話集に…」

谷村は思う。あの時、自分が最後の火を灯籠に灯したのと、嶺亜が挙武に頸を噛まれるのはほぼ同時だったのかもしれない。ほんの一瞬だけ、谷村の灯した火の方が早かった…

呪いは消滅し、それは初めからなかったことになって歴史が変った。この村は遠い昔に飢饉を乗り越え平穏な時を刻んでいって、現在に至る…

それを話すと、岸くん達はお互いに顔を見合わせた後に頷く。

「そうかもしれない。さっき颯と話してたけど…灯籠に火を灯した時、何かがその火から放たれていったのを見たんだよね。そしたら皆もそれを見たって」

「それって…なんだったのかなって。分かんないけどもしかしたら何かが星に還って行ったのかも」

颯が言った。

「俺たちはやっぱ、呪いを消すことに成功したってことだよな!」

イカ焼きを口いっぱいに頬張りながら郁が胸を張る。その横で栗田がバカ笑いを始めた。

「ギャハハハハハハハハハハ!!!よくわかんねーけどれいあとまたこうして会えたんだしめでたしめでたしだな!おーいれいあ!良かったなー」

丁度火を分ける作業が一段落していた嶺亜と挙武は、栗田の大声に反応してこちらを見やる。

対になったその二人の姿に、皆は記憶を呼び覚ました。

「あ…!」

あの絵だ。

岩橋病院の地下室で発掘した絵に酷く似ている。いや、それをそのまま模写したと言って良いほどに酷似していた。

「こんなことって…あるのかな…」颯が呟く

「さあ…でも俺たち今こうして紛れもなく体験してるし」郁が焼きトウモロコシをかじりながら答えた

「ギャハハハハハハハハハハ!!!なんかよく分かんねーけど楽しかったぜ!なあ岸!?おめーの企画した旅、すげー有意義だったなギャハハハハハハハハハハ!!!」栗田が岸の背中を叩く

「…いてて…谷村じゃなくて俺を叩くな…けど、俺もまさかこんなことになるなんて…」岸くんは背中をさすりながら谷村を見やる

「…」谷村は静かに微笑んでいた。

岸くんたちがその不思議な構図の一致に呆然としていると、二人の口が動く。周りが若干騒がしいせいか、その声は岸くんたちのいるところまで届かなかったが、彼らは確かにこう言っていた。

「ありがとう」

星は輝き、祝福を唱える。満天の星空だった。その星空にも見覚えがある。この村に導かれる前に見た星。

我らは再び空の星を仰いだ-We beheld once again the Stars

 

 

 

Epilogにつづく