「どうしたんだよ谷村?民話集になんかあんの?」

郁が羽生田家からもらった朝食の残りのおにぎりをぱくつきながら訊ねる。

「ちょっと気になることがあって…」

座り込み、谷村は熱心に民話集を読み始める。その間、岸くん達はこの後の予定を考え始めた。

「せっかくだから、お祭りを見ていったら?背分祭って言って、ちょっと変った催しもあるし」

「はあ…」

あまり気乗りしなかったが、夜店でたこ焼きとわたあめが出ると聞いて郁が参加を懇願した。

「谷村、なんか分かった?」

颯に訊ねられ、谷村は眉間に皺を寄せて首を横に振る。

「内容はちょっと変ってる。この村には干ばつもないし雨を受け入れるために呪いを受け入れたって言う供述もない。至って平和な農村の歴史を綴ってるだけだけど…」

「けど?」

「これともう2つ、民話集はあったはずなんだ。1つは学校、もう1つは嶺亜くんが背分神社の地下室から発見したものだけど、その背分神社はここにはない。だとしたらもう1つはどこに収められてるのかなって…」

「なんでそんなに気になるの?」

「…分からない。分からないけどなんとなく…」

なんとも曖昧な返事だが、颯はこの5日間で谷村の勘はあまり馬鹿にできないことを知った。彼が何かを感じるというのならば、それに付き合ってみる価値はあるように思えた。

ならばもう1冊がある上背分小中学校に行ってみることにした。

「学校?多分今は祭りの準備で校庭に人がいっぱいいるはずだよ。図書室に入りたいって言っても断られちゃうかも…」

玄樹に言われたものの、岸くんたちは学校に来てみた。確かに校庭の真ん中に櫓のようなものが置かれていて、テントやら飾りやらで大勢が準備に勤しんでいて岸くんたちには目もくれない。

これは逆に好都合…とばかりにこっそり校舎内に忍び込み、図書室に入ろうとしたが予想通り鍵がかかっていた。

「やっぱりか…どうしようかな…何か図書室に入るもっともらしい理由は…」

「病人のフリするとか?」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!それじゃ保健室に通されちまうだろ!!アホか郁おめー!!」

栗田が遠慮なくでかい声を出したもんだから、階段から誰かが上ってくる足音が聞こえた。慌てて言い訳を考えていると、そこに現れたのは嶺亜と挙武だった。

「やっぱり栗ちゃんの声だぁ。どうしたのこんなところで?」

にこにこと栗田に駆け寄る嶺亜を、挙武は冷めた目で見ている。颯が何かを思いついたのか、栗田に耳打ちをした。

「ギャハハハハハハハハハハ!!!ちょっとそこまで来たから小学校とか懐かしくってよ!!なあ嶺亜、俺らちょっと図書室で休みたいから鍵開けてもらえるか頼んでくんね?この谷村がちょっと気分悪くてよー!!」

谷村の尻を軽く蹴って、上手くごまかせと合図をした。谷村はこれみよがしに崩れ落ちてみせ、こう呟く。

「すみません…俺はベッドで寝るより本に囲まれた方が落ち着くので…こう、インクの匂いが精神と肉体を安定させるというか…」

そこまでクサい芝居をしろとは言ってない。岸くんと颯は背中に汗を滲ませた。挙武なんかはハナから信用してない視線を向けているが栗田が援護射撃をした。

「頼むれいあ!俺お前しか頼れねー!!谷村はアホだけどここで死なれたら困るし!」

ぎゅっと嶺亜の手を握って栗田が懇願すると彼は快諾し、職員室へとスキップで向かった。やはりあの嶺亜とはまるで雰囲気が違う。

「なんでもいいけど粗相だけはしてくれるなよ。さ、嶺亜準備に戻るぞ」

嶺亜に有無を言わせず、挙武は彼を引きずるようにして連れて行った。

図書室に入ると手分けして民話集を探す。数分の後、颯が発見した。

「…やっぱりさっきのと同じ内容だ」

小一時間熟読した谷村は、若干落胆したような声でそう言った。それを待っている間に岸くんと郁と栗田はうたた寝していて、颯だけが根気強く待っていた。

「そっか…あ」

何かを思い出したように、颯は窓の外を見た。

「おばさん…ここにもいるのかな」

颯の呟きに、谷村もその存在を思い出した。確か学校の裏山に建つ一軒家に住んでいたが…

岸くんたちが一向に目覚める気配がないので、谷村と颯は『ちょっと出ます。ここで待ってて』というメモを残して学校を出ておばさんの家を目指した。

「確かこっち…」

裏手に回り、山道を進むと石段が見えてきた。そこで谷村と颯はおじさんに呼び止められる。

「おめえら何処に行く?そっちの家は廃屋だぞ。イタズラしちゃいかん」

「廃屋?」

颯が石段を駆け上がり確かめるとおじさんの言う通り、荒廃した家屋があった。とてもではないが人の住んでいる気配もない。もちろん、庭の墓碑もなかった。

「…考えてみれば呪いがないんじゃおばさんがここに籠る必要もないか。良かったってことかな」

「そうかも…」

図書室に戻ると岸くんたちはまだ寝ていた。颯と谷村も疲れていたから同じように睡魔に襲われてうとうととする。そうして嶺亜が呼びに来た頃にはもう空が茜色に染まり始めていた。