食堂はまだやっていた。午後8時半までと書いてあったから小一時間はゆっくり出来そうだ。とりあえず注文を済ませて水を飲むと、深い溜息が全員から漏れる。

「まじワケわかんねー。何がどうなってんだ?俺たちタイムスリップしたっていうのか?」

「でもそれだと村の様子がちょっと変ってることとか嶺亜くんが羽生田家の跡取りだったり玄樹くんが医者の息子じゃなくなってるのとか説明つかないよ」

聞かれたら多少厄介だから、皆して小声になる。料理が運ばれてくると暫くは無言でそれを口にしたが、ややあって、谷村がぼそっとこう呟く。

「何かが…起こったのかも…もしかしたらあの灯籠に皆が火を灯したことで…」

「…」

不思議と谷村の意見は一理あるような気がした。こんな状況になっては尚更だ。もう不可解なことだらけで麻痺しているせいかもしれない。

「ちょっと整理してみようよ」

颯がメモを取り出し、以前との相違をまとめた。

「教会と神社がなくなってる以外は村の地形や建物の配置にはだいたい相違なし」

「嶺亜が羽生田家の人間になってる。これは元々双子で生まれてるからそうおかしなことでもないかな…」

「玄樹が医者の息子じゃなく郷土歴史資料館のバイト学芸員になってる。神宮寺に関してはまだ情報不足だな」

「何より、御印だとか化け物に怯えてる様子が全くない。夜も普通に人が歩いてるし灯りも灯ってる」

皆無言になり腕を組んで頭を悩ませる。郁だけは大量に注文したからまだ食べていたが、ちょうど彼がシメの上背分そばの汁を飲みきったところで食堂のドアが開いた。

入ってきたのは嶺亜と挙武だった。

「あ、こんなとこにいたー。探したよぉ」

上機嫌な嶺亜と、それとは対照的に冷めた表情の挙武は岸くんたちを見つけると歩み寄ってくる。

近くの席に座ると、嶺亜はにこにこと栗田に話しかけた。

「さっきはごめんねぇ。挙武がやいやいうるさいから。ねえ、どこから来たの?なんで僕の名前知ってたの?」

岸くんは栗田に目くばせをした。とりあえず今は適当にごまかしておけ、と。

それが通じたのかそうでないのか、さすがに学習した栗田はギャハハハハと笑ってから

「俺ら東京から来たんだよ!れいあの名前知ってたのは村の人に聞いたからだよ!可愛くて抱きしめたくなるよーな奴だからすぐ分かるってな!ギャハハハハハハハハハハ!!!」

よし、よくやった…皆はホッと胸を撫で下ろした。

「そうなんだぁ。こんな何もないところになんで?お祭り観に来たの?」

「そ、そう。祭りが楽しいって聞いたから…あと空気も綺麗で星もよく見えるって穴場スポットとして紹介されてて…そんでキャンプ的なノリで」

岸くんがそう答えると、挙武は益々疑り深い眼差しを見せた。

「どこに紹介されたっていうんだ。こんな何もない村。祭りが楽しい?別に夜店も少ししか出ないし内輪の古いしきたりに沿った面白味もなんにもないものだがな」

「いやー…それは…えっとこの村を偶然に訪れた人がブログで紹介してたんだよ!そう、それ見て」

「どんなブログだ?」

「あ、いや…今はもう閉鎖されちゃったみたいで見れないんだけどね…」

たじたじの岸くんに構わず、嶺亜は栗田に憧れの視線を送っている。

「僕もこんなに可愛い顔した子見たの初めてぇ。名前、なんていうの?」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!照れるなオイ!俺は栗田、栗田恵ってんだよろしくな!栗ちゃんでいーぜ!そんでこの汗だく野郎が岸、このガタイいいのが颯、こっちのよく食べるのが郁、んでこの暗いのが谷村ってんだ!」

紹介がてら、栗田が隣に座っていた谷村の頭をぱしっとどつくと彼は飲みかけていた水のコップで顔を打った。

「谷村?ふーん」

「…」

一瞬だけ谷村と目を合わすと、嶺亜はすぐに栗田に向き直る。

「ねえ栗ちゃん、今夜はどこに泊まるの?この村には旅館もホテルもないけど。誰か知り合いでもいるの?」

「あーそっか。その問題があったわ。岸、どうする?」

「うーん…」

そう言えばそうだ。厄介になってた教会はないし岩橋医院の地下室はまっぴらごめんだ。かといって化け物の心配はないとはいえ野宿もキツイ。

「もし良かったら、うちに泊まらない?部屋たくさんあるからさぁ」

嶺亜の提案に、とんでもないと言わんばかりに目を丸くしたのは挙武だった。

「嶺亜!何言ってるんだお前、こんな素性も分からない連中をうちに泊めるなんて正気か?だいたいお前は…」

「あーもう挙武はいちいちうるさい。だからいつまでたっても彼女できないんだよぉもうちょっと柔軟になったらぁ?」

「お前の方こそ考えなしにほいほい物事を決めて、後でその始末をするのは誰だと思ってるんだ?もう少し思慮深く行動しろ」

嶺亜と挙武は再び言い合いを始めた。異変が起こる前もそうだったが、根本的にこの二人は相反するようだ。

二人の言い合いは日常茶飯事らしく、食堂のおばちゃんが水のおかわりを持ってきがてら苦笑いをして諭し始めた。

「嶺亜ちゃんも挙武ちゃんも、よその人の前でよしなさいな。まあ喧嘩するほど仲が良いとは言うけどねえ」

「挙武と仲良くなんかできないよぉ。いつもいつもうるさいんだもん」

「こっちこそ願い下げだ」

またも口喧嘩が勃発しようとするが、岸くんは今からのことを冷静に考え始める。その結果、やはり泊めてもらった方がいいような気がした。そして交渉担当の颯が挙武に頭を下げる。

「すみません、俺たち準備不足で今夜行くあてがなくて…決して迷惑はかけませんから泊めてもらえませんか?」

丁寧で低姿勢な颯の物腰に、さっきまで不信感を全面に出していた挙武は少し折れ始めた。

「…少しは常識がある奴がいるみたいだな。仕方なかろう。親父には俺が話しておく」

かくして岸くんたちは羽生田家に泊まることになった。