??日目 ??

 

「…?」

どれくらいの間、そこを彷徨っていたのだろう。朦朧とする意識が少しずつ少しずつ現実世界へと帰還を始めている。薄目を開けたがしかし相変わらずの闇…しかし耳はそれを捕らえていた。

微かに啼く夜鳥の声…フクロウか何かだろうか…ホー…ホー…と断続的に響いてくる。

岸くんは気が付けばそこに伏せっていた。固い土の匂い。地面に倒れ込んでいることに気付くのに、数秒を要した。

「あれ…?俺…」

身を起こすと頭を振って状況を確認しようと努めた。たしか、灯篭に火を灯して、そしたら神父が蹲って…

「岸くん…?そこにいるの?なんで?これってどうなってんの…」

颯の声が聞こえた。確か彼は学校の灯籠を担当していたはず…こんな短時間でなんでこんな近くに…?

いや、そもそもここはどこだ?教会の道ではないのか?

「あれ…?おい、ここどこ?俺は挙武の家でご馳走をもらおうとしてたはず…」

「郁まで…」

「おい!なんなんだよおめーら!どうなってんだ!?れいあはどこに行ったんだよ!」

喚き散らす栗田の声までがすぐ傍にある。こうなるともしや…

「みんな…?そこにいるの…?なんで俺は地面に…火の見櫓から落ちたのか…?」

谷村もそこにいる。ということは…

「!」

誰かが懐中電灯を点けた。サーチライトのようにして辺りを照らし、郁、栗田、続いて岸くん、そして少し離れた場所に谷村がいる。懐中電灯を手にしているのは颯のようだった。

「どういうこと、これ…」

ぐるぐると懐中電灯を照らしながら、颯は怪訝な表情だ。それは皆も同じで、自然と駆け寄った。

「俺たち、確か灯篭に火を灯そうとそれぞれの持ち場にいたよな?でもここって…」

郁が言わんとすることを、岸くんはそのまま続けた。

「俺たちが村に辿り着く前の場所だ…」

ほんの数日前のことだが、少し記憶が曖昧になりかけている。だが周りに倒れたマウンテンバイク(と谷村のママチャリ)があるし、あの時の状況と酷似しているのは歴然だ。

「なんでいきなり皆でワープしてんの…?」

「考えても分かんねー。けど見ろよ、道はあるぜ?」

栗田が指を差した先には確かに細い道があった。これもあの時と同じ…だとしたらこの先には背分沼があって、そして背分神社が…

「行ってみる…か?」

岸くんの提案に、皆頷き、マウンテンバイクに跨がる。ライトをつけ順調に進んで行った。記憶を探り探り、もうそろそろだろうか…というところにそれは姿を見せる。

「池だ」

マウンテンバイクを停め、懐中電灯で照らしてみると皆で首を傾げた。

「赤くない…普通の池だ」

そう、確か最初にここを訪れた時、それは血の池のように赤く見えた。だが今目の前にある池は至って普通の、黒く澱んだ水溜まりだ。赤くもなんともない。

「神社もないよ…違うとこに出たのかな…」

少し先を行った颯が教えてくれた。確かに建物の類いはない。謎は深まるばかりだ。

「ねえ皆…」

ぼそっと谷村が呟く。いつもなら谷村の呟きはスルーされることが多いが、不可思議な事態に皆が耳を傾けると彼は言った。

「時間が逆流してる…」

谷村は携帯電話の画面を見せてきた。そこには5日前の日付が記されている。

「んなアホな!って俺の携帯もそうなってる!」

「俺もだ…」

「俺も…」

皆で携帯電話を見せ合い、そこにそれぞれ記された5日前の日付を見せ合う。

「どういうことだよ…皆して同じ夢を見たっていうのか…?」

「俺の携帯バッテリーあがりかけだったのに今まだ満タンに近い…」

疑問は尽きないが、とにかく進んでみることにする。この道をずっといけばそこには…

「あった…」

確かに背分村だ。見たことのある風景が広がっている、が、違和感があった。

「灯りが灯ってる…」

そう、あの時との違いはそれだ。点在するどの家からも灯りが漏れ、こころなしか街灯の数も多い気がした。岸くんたちが初めて訪れたあの日はどこの家からも一切電灯の類いは漏れていない。だから同じ景色のはずなのに、奇妙な違和感を感じる。

「そうだ、れいあはどこ行ったんだよ!あいつ俺より先にチャリんとこに戻ってるって言ったのにいなかったんだ…」

栗田の話を聞き、谷村が眉間に皺を寄せながら、火の見櫓で感知した光景を話した。

「それって…自分が犠牲になって挙武に…化け物に食われようとしたってこと…?」

颯の声のトーンが下がる。そういえば…と岸くんも異変が起きる直前に神父が嶺亜の名前を呟いたことを話した。

彼が谷村のように遠くの出来事を感知していたのかどうかは分からないが、あの絶望をはらんだ呟きはそうなることを感じ取っていたからかもしれない。

「冗談じゃねーぞ!なんでれいあがんなことしなきゃなんねーんだよ!じゃあ俺はれいあが俺を守るために死のうとしてたの知らずにノコノコチャリんとこに行ったってのか!?おい谷村、マジなんかそれは!?冗談とかだったらブッ殺すぞ!」

栗田の表情が絶望に染まり始める。彼はやり場のない感情を谷村にぶつけようとした。岸くん達も、混乱が続いていて思考が働かない。そんな悲しい結末はあんまりだ。

「栗田落ち着け!まだそうだって決まったわけじゃない!だって谷村は火の見櫓にいたんだから実際に見たわけじゃないんだし…」

「そうだよ、それに今のこの現状の説明もつかない。なんで俺たちは揃いも揃ってそれぞれの持ち場からあんなところにいたっていうのかそれすらも全然分かんないんだし!」

「五日前に戻ってるのもおかしいじゃんよ。俺たち五日分の夢を一緒に見てたってこと!?」

いよいよもってこの不可思議な現象に、皆してパニック状態に陥る。どう考えても説明がつかないし、それこそ超常現象もいいところだ。ぎゃあぎゃあ喚き合っていると、ふいに後ろから誰かの声が響いた。

「誰…?」