最終日 背分小中学校

 

「そう…呪いを解く方法があったのかい…上手くいくといいね。もちろん、危ないと思ったらいつでもここに逃げてきな。鍵は開けておくから」

学校前の灯籠に向かう前に、颯はおばさんの家に出向き、全ての事情を話した。

颯から聞いた谷村が翻訳した民話集の内容を、おばさんは半信半疑の様子だった。しかし無理もないだろう。颯だってそれが100%真実であるとは信じ難かった。

だが…

「その翻訳がもっと前にされていたら…あの子は死なずにすんだかもしれないね」

真っ直ぐに我が子の墓を見据え、おばさんは声を落とす。そうして独り言のように語った。

「運動が得意でね。素直で明るくて…でもちょっと変なことも言ったりする子で…そう、お前さんに少し似てるんだよ、あの子は」

「俺に…?」

「ああ。だからね、お前さんが倒れた私に駆け寄ってきてくれた時…まるであの子が…死ぬ前のあの子が蘇ってここに帰ってきてくれた錯覚に陥ったくらいなんだよ」

おばさんの声は震えていた。

「おかしな話だね。あの子を夫を殺した化け物だとどこかで恐れていたのに…死んでホっとしていたはずなのに…それでも…それでも私は…」

それ以上は言葉にならず、おばさんは両手で顔を覆う。颯は寄り添い、そして手に持っていたライターをぎゅっと握った。

やらなければならない。例えあの本の記述が真実でなかったとしても…成功したとて何も変らなくとも、自分はやらなくてはならないんだ。颯はそれを確信する。

もう誰も悲しませたくない。ただその一つの感情からだった。

「呪いは今夜必ず俺たちが消してみせるから。だから泣かないでおばさん。呪いがなくなったら…俺美味しいメロンパンのお店知ってるから、それ買ってまたここに来ます。そのメロンパンはね、凄いんだよ。幸せを呼ぶ青いメロンパンって言って、本当に青いわけじゃないんだけど袋が青いから外側からは青く見えて…」

幸せを呼ぶ青いメロンパンについて一生懸命説明を続けると、おばさんは少しきょとん、とした後くすりと笑い出した。

「…そういやあの子もメロンパンが好きだったわ…そんなところまで似てるんだね。もしかしたらお前さんはあの子の生まれ変わりかもしれないね。いや、そうだと信じたら…お前さん自身が幸せを呼ぶ使者なのかもしれないね」

「え?そうなの?やっぱりメロンパンの美味しさは世界共通だね」

「明日またおいで。長らく使ってなかったけどうちにはパン焼き器があるから…一緒に美味しいメロンパンを作ろう」

「うん!必ず!」

指切りをして、颯はおばさんの家を出た。

「…」

空は茜色に染まっている。まるで血のように真っ赤だ。遠くにはその茜空を飛ぶ鳥。連なる山々…どこまでも美しく平和な風景が広がっている。

それが闇に染まる頃、いよいよ運命の時だ。失敗は許されない。颯は頭の奥で何度も何度も復習した。

「おい、お前さんそこで何しとる。はよ家に戻らんか」

学校の灯籠前に佇む颯を訝しげに見ながら農家のおじさんが忠告する。適当な返事をして時間をやり過ごしながら時計と火の見櫓の方角とを交互に見据えた。

最後の茜色が薄闇に吸い込まれていく頃にはもう辺りには人の気配は全くなくなっていた。そして…

「!」

確かに狼煙が上がるのを颯はその視覚で捉えた。すぐさま時計の秒針に目をやる。

10秒、20秒…心臓の鼓動が聞こえる。緊張は極度に達していた。

1分が経過した。今だ。颯はライターの着火装置に力を込めた。

それは一発で点いた。灯籠にあかあかと灯りが灯る。不思議なことに、ぼんやりと淡い光も放たれ、それは天に昇って行った…ような気がした。

成功を安堵する間もなく颯は全速力でおばさんの家を目指す。

皆も成功していますように

祈りながら、颯はおばさんの家の玄関の階段を上った。