「意外だな。飛び抜けて危険な役目を栗田にやらせていいのか?お前はさっきそんなこと絶対にさせられないと言ったばかりだが」

あまりにも予想外の嶺亜の発言に、栗田が返事をする前に挙武が指摘した。それは他の皆も同じで、なんとなく背分神社の担当は栗田以外になる気がしていただけに驚いて言葉が出てこない。

「れいあがやってくれって言うんなら俺はやるぜ!じゃあ背分神社は俺で決まりだな!」

「栗田、軽はずみに返事するなよ。もっとよく考えてから…」

岸くんは張り切る栗田を諭す一方で、皆が抱いた疑問を代弁する。

「なあ嶺亜、挙武の言うとおり、今さっきまでそんな危険なこと栗田にさせられないって断固として言ってたのになんで?なんか考えがあるの?」

「…」

嶺亜はすぐには答えなかった。自分の中でもまとまっていないのか、それとも何か他に理由があるのかは誰にも分からない。しかし、ややあって彼は答えた。

「…僕が付き添えば…最悪、火をつけるのは失敗しても命を落とすことのないようにできるかなと思ったの。安全が最優先。そう考えた時に、絶対死なせたくない人にやってもらった方がいいかもしれないって思ったから…」

「そうか…嶺亜は『声』を聴くことができて挙武の動きを全て把握できるから…危ないと感じたら火をつけるのなんか放棄して逃げればいい。そうだよね?」

嶺亜の思惑に気付いた玄樹がそう問いかけると、皆も「そっか!」と頷いた。

「そうだ…嶺亜ってレーダーみたいに挙武がどこにどう向かってるかとか位置も分かるんだよな。それを利用すれば…」

「けどそれにもリスクがあるだろう」

冷静な挙武の一言が嶺亜に放たれた。あくまで挙武は客観的に物事を考えているようだ。

「化け物化した俺が、お前が危険を感じて栗田を避難させる前にもうそこに到達する可能性がある。御印の桁外れの力を知らないわけじゃないだろう?俺の移動速度はどれくらいだ?」

「もちろん分かってる。腕力と違って挙武の移動速度はそこまで化け物じみていないよ。徘徊しているくらいだから移動速度は今とそう変らないと思う。あくまで至近距離に近づかれたら危険なだけで、何百メートルを一瞬で移動するだけじゃないから」

「ほう。そうなのか。…まあ考えてみれば俺が化け物化してる時の行動についてお前とこうして話すなんて初めてだからな。皮肉にもこんな事態になって初めて知る情報だ」

嶺亜と挙武の、およそ現実離れした会話を聞きながら、岸くんは話を纏める。

「よし、じゃあこうしよう。まだ担当は決めてないけど、灯籠の近くに身を隠せる場所を見つけておく。火をつけたら一目散にそこに避難だ。7つの灯籠を挙武が目覚めてから最初の灯籠に火をつけて10分以内に全て順番に火を灯さなきゃいけないから…」

「挙武くんが目覚めるのはいつなのかが最重要だね。それが一番始めの灯籠を担当する人にどう伝えるか…」

颯が補足し、嶺亜に問いかける。

「挙武くんが目覚めるのって定刻なの?」

「ううん、そうじゃない。日によって多少ばらつきがあるの。星が出てないと目覚めないし。でも今夜はもう雨雲が去って晴れると思う。だからだいたい日没後…最近は7時半前後だよ」

7時半か…確実に目覚めるのを待ちたいところだけど、待ちすぎると危険が増すし…どうかなあ…」

10分くらいみるか…いや、危険だな…5分くらい?」

5分じゃズレる可能性も高くなるんじゃね?」

「けど、始まりの時間をどうやって皆で把握するのかが問題だよね。最初の火を灯してから10分以内に順番に全ての火を灯さないといけないから…」

郁や颯たちの議論とはよそに、神宮寺が何か思いついたように玄樹に向かい、

「なあ玄樹、無線のトランシーバーがあるとか言ってなかったか?爺ちゃんの形見とかなんとかって」

「え?うん、あるけど…それがどうし…そうか!」

「そう。トランシーバー使えば嶺亜に挙武が目覚めたら知らせてもらうことが出来る。有効範囲かなり広いって言ってたから試す価値あるんじゃね?」

「うちに電話してみる。嶺亜、電話貸して」

トランシーバーはまだ現役で、有効範囲もギリギリ背分神社から最初の水路までカバーしていた。かなり高価なものらしく、設定は全て玄樹の父がやってくれた。機械が苦手だという嶺亜にも丁寧に説明してくれ、最後に玄樹にこう言って帰った。

「玄樹…嶺亜様と挙武様をよろしく頼む。お前は岩橋家の子だ。神父様の見習いである嶺亜様と、村の守り神である挙武様をちゃんと守るんだぞ」

「うん…分かったよ。お父さん」

トランシーバーを握りしめながら、玄樹は頷き、父を見送った。