元々は、呪いは村人全員にかけられたものだから…ごく微量ながらに僕たち村の人間にも御印の呪いがかかってるかもしれない。そう考えたら、村以外の人間って意味かなって」

「ふうん…それはそうかもしれないね」

玄樹が頷いた。そしてその後で少し声のトーンを落としてこう呟く。

「僕も、厳密に言えばこの村の人間じゃないってことになるね」

「そうかもね。それで続きなんだけど、その呪いを受けていない人間が、村に点在する灯籠に順番に火を灯す…そうして最後の灯籠に火が灯った時…呪いは星へ還っていく、って意味に取れる記述があるみたい」

「灯籠か…えっと、どこにあったかな…この教会の前に1つ、学校でも見たな…」

岸くんが思い出しながら指折り数えていると、まるで暗記ものでも唱えるかのように挙武が被せた。

「うちの門前と岩橋医院、背分神社、火の見櫓、水路の奥の7つだ」

7つ…」

その数「を聞き、郁が指さしをする。

「ちょうど俺たちで7人になるな」

村の人間である嶺亜と挙武を除いて、岸くん、颯、栗田、郁、谷村、神宮寺、そして厳密に言えば村の者の血を引いていない玄樹…合わせて7人だった。

「なんともおあつらえ向きだな」

皮肉めいた笑いを漏らした後、挙武は今度は谷村に問いかける。

「翻訳はまだ残ってるか?」

谷村はややあって首をゆっくりと縦に振る。

「多分…火を灯す順番があるっぽいんだ。その順番についてと…今ちょっと気になる部分を見つけた」

「気になる部分?」

「うん。火を灯すのは御印が現れる間…化け物化してる間じゅうずっとかと思ってた。だから一晩中かけてそれをやればいいと思ってたけど、どうやら違うっぽい。制限時間があるみたいな記述があるのと恐らく目覚めてすぐにしないといけないような記述も見つけた」

「制限時間…?」

「時間を表す単語と制限を表す単語…それが多分翻訳した結果、10分…」

「へ!?」

素っ頓狂な声をあげたのは神宮寺だった。

「それって、順番に火を灯すのを10分以内にやれってことかよ?無理じゃね?携帯も通じねーのにどうやって順番確認すんだよ」

「いや…」

颯が口に手を当てながら考え考え口にする。

「ストップウォッチを持って、何番目が何分何秒の時とか予め決めておけば…順番にすることは可能かも…」

「さすが颯!あったまいい!」

岸くんが背中を叩くと、颯は嬉しそうに頬を掻いた。

「なるほど。それなら出来るな。片っ端からストップウォッチかき集めてくるか…てかあんのかな、そんなもん」

「キッチンタイマーならどの家でもありそうだけど…最初の人はいらないから6つでいいかな」

ポジティブな議論が飛び交う中、それを黙って聞いていた嶺亜が徐に口を開く。

「…問題は誰が背分神社の灯籠を担当するか…」

「え?どういうこと?」

郁が問いかけると、他の皆も考えだし、そして嶺亜の代わりに挙武がその答えを口にした。

「俺が目覚めると同時に背分神社から出てくる…見つかると危険。そういうことか」

「そっか…忘れてた…」

「見つかったら確実に殺されちゃうね…」

その危惧は最もだった。

七つの灯籠は村の中に点在しているが、挙武が目覚め、活動を始める背分神社の側の灯籠の危険度は群を抜いている。見つかる可能性が高いし、そうなったらまず命の保証はない。

他の場所も決して安全とは言えないが、比ではない。そんな危険な役目を誰がやるのか…

「俺がやる」

皆が一斉にその声のする方を向く。

「栗ちゃん…?」

「火ぃつけてすぐ逃げりゃいいんだろ?俺がやってやる」

「おいおい簡単に言うなよ。理屈はそうだけど、実際に挙武が目覚めるタイミングと火をつけるタイミングもあるし、その点の微妙なズレが命取りになるかもしれない。もっとよく検討しないと」

岸くんは栗田を説得する。こういうところは最年長らしく意外と慎重だ。最初にこの企画を提案したのもあり、責任感も働いているせいかもしれない。

「灯籠と神社ってどのくらい離れてんの?」

郁の問いかけに、嶺亜が答える。

「距離にしたら…数分ってところかな。灯籠は神社のすぐ側にあるわけじゃなくて、林道の途中にあるから。ただ茂みが多いし、手入れもされてないからほとんど草に埋まってる状態だと思う。上手く茂みに身を隠せたらいいけど…化け物化した挙武は光にひどく敏感なの。火も光を放つから、気付かれたら一気に接近されるかもしれない」

「かくれんぼなら俺得意だぜ!デカい郁や颯には向かねーな」

「だから栗田、これはかくれんぼみたいな気楽なもんとは違うって…みつかったら肩にタッチされるんじゃなくて食われて殺されるんだぞ…」

「岸、おめーにゃ無理だ。おめーはどんくせーからすぐ見つかる。玄樹もトロくさそーだし神宮寺もでけーからな。谷村なんか論外だぜ。俺しかいねーだろ」

「けどさ…」

皆が栗田の無鉄砲さを諭そうとする中、嶺亜の冷静な声が響く。

「栗ちゃんに、そんな危険なことはさせられない」

その表情はひどく真剣で、意思の堅さが窺い知れる。

だがそれでも栗田は引かなかった。

「れいあ、けどそれじゃ誰がやんだよ?誰がやっても危険なことには変わりねーし。俺じゃなかったら誰にすんだ?」

「それは…でも…」

嶺亜が躊躇いを見せると、それを一瞥して挙武が腕を組む。

「誰がやっても危険。それならば、対策を万全にして実行する。それこそ誰がやってもいいようにな」

そう言った後で挙武は少しきまり悪そうに顎を掻いた。

「まあ、俺が言うのもなんだがな」

「…そうだね。挙武の言う通り。やるしかないなら…どんな事態に陥っても大丈夫なようにありとあらゆる対策を練っておく。逆に言えば、それさえしておけば安心ってことだね…」

前向きな意見を玄樹が出すと、強張っていた嶺亜の表情も少し和らいでいく。

「対策か…背分神社だけじゃなくて他の場所でも必要だね。この方法で確実に呪いが消えるって保証もないから」

「そうだな、颯。じゃまずは安全対策からじっくりと…」

岸くんがどっかりとベンチに腰を据えようとすると、嶺亜はそこでようやく挙武と目を合わせる。その視線の意味にすぐに気付いた挙武は、若干言いにくそうに岸くんにこう告げた。

「残念だがじっくりとしている暇はなさそうだ。御印の時期は嶺亜が言うところによると今日で終わる。逆に言えば、今日さえやりすごせばまた暫くは夜も安全な日が戻ってくるということだが」

「げ。そうなの…?」

残り時間の少なさに岸くん始め皆がうろたえていると、礼拝堂にその声が響く。

「順番が分かった…!」

谷村だった。いつもぼそぼそと喋る彼らしからぬはっきりとした口調で少し興奮しているのが分かる。近くにあるメモ帳に走り書きするのを駆け寄った颯が読み上げる。

「一番最初は…水路の灯籠。その次が学校。そして…次が挙武くんの家、そして玄樹くんの家、その次が教会、そして次が…背分神社、最後が火の見櫓…だって」

「背分神社が6番目…」

嶺亜から神妙な声が放たれる。挙武も同様に渋い顔をしていた。

「目覚めて棺桶と神社の南京錠を破って出てくるまでに、何秒くらいだろうな…」

「南京錠を秒で壊せるのかよ…」

挙武の呟きを、背筋を寒くさせながら郁が聞くその横で、何かに気付いたように玄樹が目を見開いた。

「そうか…星を描くようにして順番が決まってるんだ。火の見櫓はちょうど村の中心にあるから…」

すぐにそれに気付いたのは、やはり生まれた時から村にいて、どの灯籠がどこに位置するのかが完全にインプットされているからだろう。皆がどよめいた。

「始まりが水路なのは村の入り口に一番近いからか?そうなるとこっち側の背分神社が遅いのも納得だな…だけど…」

「狂いがないように、できるだけ慎重に時間設定するつもりだったけど…そんなことしてたら見つかって殺されてしまうね…」

颯のこめかみには一筋汗が伝っていた。

「でも、かといって秒数をタイトにしてしまうとなんらかのアクシデントで火がうまくつかなかった場合に順番に狂いが生じてしまう…」

考えれば考えるほどに難易度が上がっていき、いつしか礼拝堂は沈黙に包まれる。

時計は正午を指していた。儀式を始めるまでの数時間で対策と結論を出さなければならない。刻一刻とタイムリミットは迫ってくる…焦りが思考を鈍らせ、なかなか意見が出なかったが…

「栗ちゃん」

ふいに、嶺亜が栗田に呼びかけた。その顔はひどく真剣で、しかしわずかに躊躇いも見られる。複雑な色をその目に宿していた。

「なんだ?れいあ」

皆が嶺亜に静かに注目する中で、囁くような音量で彼からこう放たれた。

「…背分神社の灯籠、やっぱり栗ちゃんに頼んでいい…?」