山を降りると丁度学校らしきものが見えたので岸くん達はそこに立ち寄ることにした。「背分村立上背分小中学校」と門扉に記されている。
「へー。いかにも田舎の学校~って感じだな。木造の校舎なんてもう東京にはないかも。こんな立派な灯籠まであって…」
朝ドラに出てきそうな木造二階建ての校舎内を都会っ子たちは逆おのぼりさん状態で歩く。ちょうど夏休み中で校舎は全くひと気がない。
「でも、なんか不思議と懐かしい感じだよね。黒板とか机とかは俺たちのところとも変わりないし」
颯がそう言って皆が頷く。神宮寺はその頃の記憶が失われているので少しもどかしそうだった。
玄樹は廊下に刻まれた落書きの跡を懐かしそうになぞりながら
「僕が小学生の頃は小学生だけでも30人くらいはいたんだけど最近はその半分くらいみたい。こんな田舎でも少子化はわりと深刻なんだよね」
教室は2学年合同で1・2年と3・4年そして5・6年の教室を過ぎると端は図書室だった。児童書や絵本、図鑑などの類いが綺麗に納められている。ここの学校は書物を大切にしているようだ。
「あ…」
谷村がとある棚の前で歩を止めた。目に付いたそれを手に取っている。
「何それ?」
颯が覗き込むと古びたその本の表紙には「背分村民話集」とあった。
「あ、それさっきの資料館にもあったね。ケースの中に入ってたから読めなかったけど」
谷村は裏表紙に取り付けられてある貸し出しカードを見てみる。一人しか借りていなかった。
「嶺亜くんだ…」
鉛筆で、まだ拙い小学生の字で『5年 中村嶺亜 5/25』と記されている。
「こんな変わった本を小学五年生が読むんだね」
颯が感心しながら谷村と共にぺらぺらとページをめくる。殆ど字ばかりでたまに挿絵がある。まるで古文のように難解だった。
「嶺亜はあの通り色が白くて体があまり強くなかったから…体育の時に見学しなきゃいけない時は図書室で本を読んでたみたい。僕も人のこと言えないけど」
そう説明して玄樹は卒業アルバムが納められている棚に案内してくれた。生徒が少ないからほぼ毎年全校生徒が写真に写っている。玄樹の年は5人、嶺亜と挙武の年は6人の卒業生がいたようでわりと大きく映っている。
「へーこれが玄樹の小学生時代か。あんままじまじ見ることなかったけど今より色が黒いな。でも変わってねー」
神宮寺は興味津々で見ている。それを恥ずかしそうに玄樹はページを早めくりしようとしながら
「まだその頃は野球やってたし、けっこうスポーツ少年だったんだよ。あ、文集は恥ずかしいから絶対ダメ!」
「いいだろ減るもんじゃなし。おい隠すなよ。…ったくしゃーねー…じゃ、嶺亜と挙武の読んでやるか」
神宮寺は次の年のアルバムを手にする。そこには今より大分幼い嶺亜と挙武が映っていた。二人ともぎこちない笑顔だ。
「どれどれ…文集…お、あった」
挙武と嶺亜の卒業文は他の子どもと少し違っていた。まずは嶺亜だが『お父さんの跡を継いで立派な神父になって村の人たちを助けたい』と記されている。小学六年生にしては夢も幼さもない、現実的な文章だ。
挙武はなかなかに破天荒な文章だった。タイトルが『ハリウッドスターへの道』で、村のことは皆に任せて自分は世界進出をしてハリウッドの山に人面像が刻まれるくらいのビッグスターになるといったことがつらつらと書き綴られている。なんともスケールの大きな話だ。
「挙武らしいな。今度会った時からかってやろーか。あ、でもあいつはそれ以上のジョークで返してくるしな」
笑いながら神宮寺は文集を閉じた。
あちこち回って少し皆疲れ気味だったから、冷房の効くこの図書室で休憩をする。夏休み中だが卒業生の玄樹がいるから教員も快諾してくれた。
岸くんと郁は早起きだったからうとうととうたた寝を始めた。蝉の声が今だけは子守歌のように聞こえる。
颯は持ち前の体力と好奇心から学校内の探索に出かけていった。玄樹と神宮寺も少しの間は話をしていたが静かに寝息をたてる二人につられてまたうとうとし始める。
谷村だけは図書室の隅で手に取った本をずっと読んでいた。