「だからなんで出て行かなきゃなんねーんだよ!!そっちに行ったって帰れねーっつってんだろーが!!」
「分かんねえ奴らだな!!とにかく命が惜しかったらこの村を出ろっつってんだろ!!そっからちょっと歩きゃバス停があるからよ!!」
食堂の前で栗田と神宮寺が怒鳴り合うのを稀に通りかかる人々が珍獣を見るような目で通り過ぎていく。双方一歩も譲らず膠着状態が続いていた。
「まあまあまあお二方」
颯が二人の間に割って入った。
「神宮寺くん、栗田も言ってるように俺たちは車を置いてきてるから帰るにしてもそっちじゃないとダメなんだ。だから池のある方の道へ案内してくれたらいつでも帰るよ」
「だからそっちは今立ち入り禁止だっつってんだろ」
「なんで立ち入り禁止なのか、なんで出て行かなかったら命が危ないのかを教えてくれないと俺たちは納得できないし、逆に言えば納得できたらそのナントカって道から帰ってもいいってなるだろうから…まずは理由を教えてよ」
冷静な颯の説得に、さすがに神宮寺は押し黙る。それまでおろおろとただ見ているだけだった玄樹が重い口を開いた。
「君たちを野宿させるわけにはいかないし、どこにも泊めるわけにもいかないんです。今この村は凄く大変な時期で…よそから来た人たちのことまでフォローする余裕がない。だから…ごめんなさい」
深々と頭を下げて玄樹は沈痛な面持ちを向ける。はっきりしない物言いではあるが、単に邪険にしているというわけでもないことは彼の表情から読み取れる。
岸くんは迷った。やはり出直して来た方がいいのだろうか…
「とにかくじゃあその道祖神…だっけ?その道に案内してよ。それからまた考えるから」
「おい、岸」
「栗田、確かに俺たちは準備不足だし…そっちからちゃんと帰れるんならまた出直すのも悪くないと思うんだ。車も気になるし」
「ま、それもそーだな」
郁は満腹で機嫌がいいのか折れた。颯は岸くんの決めたことなら…と素直に従ってくれたし、帰りたい谷村は小刻みに頷いている。栗田はまだ不満そうだったが颯が宥めた。
玄樹は神宮寺と顔を見合わせてほっとした表情を見せる。安堵したことで多少軟化し、歩きながら話していると少しずつ打ち解け始めた。
「僕は家の病院を継がなきゃいけないんだけど今二浪の最中で…なんとか今年は合格して医大に進みたいなって思ってて」
玄樹は自分の身の上を話し始める。これは人見知りの彼にしては珍しいことだ、と神宮寺は得意げに語った。見たところ、無二の親友といった彼らだが知り合ったのはほんの二年ほど前らしい。
「村に凄い地震があってね…そこの土砂崩れに神宮寺が巻き込まれてて意識がなかったの。たまたま僕が現場を通りかかってうちの病院に運んでもらって…」
「え、そうなの?」
「まーな。一命取り留めた俺はそれまでの記憶が飛んじまってて…自分の名前すら分かんねえ状態でさ。んで後日俺が行き倒れてたところから学生証らしきものが見つかって名前だけは辛うじて分かったってわけだ。住所とかは土砂でやられて判別できなかった」
「へー…すげえ人生…でも家族の人とか心配してるだろうけど捜索願とか出てないのかな」
「何回か麓の町にも行って交番にも届けてんだけどよ。一向に連絡ねーからまだこうして玄樹ん家に厄介になってんだよ。でもただ厄介になってるわけじゃねーぜ。色々手伝ったりしてるしよ」
「へえ…なんかドラマチックだね」
「だろ?まあ俺はここでの生活気に入ってるから焦ってねーよ。それに、俺がいなくなると玄樹が寂しがるからな」
「よく言うよ。僕がいなかったら今頃あの世行きだったんだから。まあでも神宮寺がいてくれたから二浪してもまだ前を向いてられたってのは否定できないけど」
玄樹と神宮寺の間には強い絆があるようだった。命の恩人と心の支え。いい関係だな…と岸くんが思っていると通りかかったおじさんが玄樹に声をかけた。
「おや、岩橋先生んとこの。どこ行くんだ?この先は道祖神の道だろ」
「はい。この人たちをそっちに案内しに」
玄樹の答えにおじさんは額に手を当てて「あちゃあ」と声を漏らす。
「今あっちの方は通行止めだぞ。先週の大雨で地盤が緩んでるところに昨日の夜に地震があったろ。あれでガケ崩れ起こしてな。まだ復旧のめどがたっておらん」
「え…?」
思いがけない情報に、皆は顔を見合わせた。
「そんな…」
急いで行ってみると、確かに崖崩れが塞いでいる。まるで、昨夜岸くん達が向こうの道で見たかのように…
「これって俺ら帰れねえってこと?やっぱあっちの池の方案内してもらわねえと」
食堂でテイクアウトしたおにぎりをぱくつきながら郁が呑気に言う。だが玄樹と神宮寺は神妙な面持ちだ。
「どうしよう…」
「嶺亜に相談してみるしかねえな」
2人の相談結果に栗田が俄然張り切り、マウンテンバイクをかっ飛ばして一行は教会に戻った。