20071022
奉天の街。蒋介石の資格レベルが行われている。100パーセントというレベルが出てきている。

突然、軍部の暴動が行われている。

街の中心部が細い逆三角形のような感じで取り込まれた。
街のそこの部分がアニメのように見つかれていた。
その三角形の部分の場所から花火のような爆弾が打ち下ろす。
北東の部分はなんでかのうしていないのか、という問い分けが出される。
地図を詳しく見渡してみた。
車が沢山走っているが、どうやらその部分には道がない。
それがそこをカバーしていない理由のようだ。

地図の三角形の右下の部分を見ると、そこは凱旋門とある。
パリの凱旋門だ。軍隊が行進している。

なぜかどこかの地下室に来た。
どこかの百貨店で、今正に扉を閉めて閉店しようとしていた。
なんでここにいるのか分からずままに、扉が閉まる寸前に中に入ることが出来た。

20071021
2007年10月21日朝に見た夢


周りにバタバタとみんなが集まって来ていた。
私は母親と一緒で、なぜか面隠しを強いられた。
そしてみんなで合同写真を撮ることになった。

場所はなぜか廃墟が続く街で、地中海のどこかの街に思われた。
廃墟の後を見ながら移動して行くと、混雑賑わしい場所に出た。
なぜか街はモナコになっていった。
内乱を防ぐため国連の軍隊が駐留していた。

暫く歩くとポーランド軍が見てきた。
軍帽が頭で四角形に尖っている物で、ポーランド軍の定型だった。
しかし尋ねると彼らは顔はどう見ても白人であるのにインドネシア軍だとのことだった。
兵士も愛想が悪く、呼んでもこちらにやっても来なかった。

道は狭くて以前見たカリブ海にイギリス軍が作った城塞の地下道みたいであった。
暫くするとある店の前に出た。
その店の二階に上がり、休養した。

又店を出て、同じ地下道のような道をハタハタと歩いていった。
又先ほどのポーランド軍、ではないインドネシア軍が見えてきた。
軍服は先ほどのポーランド軍みたいのような感じだったが、
人は女性で明らかに今度はインドネシア人の顔であった。

また暫く歩くと運河が出てきて、ここで飛行機が海中演技をしていた。
飛行機と言うよりもイルカが伝統の演技をやっているようだった。
場所はいつの間にかベネチアになっていた。
飛行機が海中から出たり入ったり演技を見るほどに、面白くなった。
運河に出っ張っている場所を誰かが紹介してくれた。
そこに登って見ていると、手になぜか持っていた少数の本と小さな辞書を、
誰かが後ろからしつこく盗ろうとしてきた。

また暫く歩くと人が大勢群れている場所に出てきた。
その場所は昔の円形歌劇場のような形であった。
誰かがフランス国歌を歌っていた。
そのフランス国歌を歌っている親父の隣をやり過ごして通り過ぎ去った。

いい加減歩くのが疲れてきた。
また同じ地下道のような道を戻ってさっきの店に戻ってきた。
しかし店は閉店していた。
そこで店番をして2人の日本人に見える女の子に尋ねると、
さっき店で知り合えた男の子がバイクで送ってくれることのことだった。

波止場に近い道路に来ると、男の子がバイクを噴かれていた。
そのバイクに乗って又廃墟のような街を通り過ぎ賑やかな所に出た。
あるカフェで降りされて、そのカフェに入っていった。

母親がたぶん自分を探しているだろう、と心配していると、
年をとった親父がなにやらこちらに喋ってきた。
「あんたの母親が待っているよ」
一緒に行ってくれるとのこと。そこで彼と一緒に出かけていった。
顔が支那人のようだったので、訊いてみた。
「你说中文吧?」
しかし彼は答えなった。
もう一度訊いてみる。
何回も訊いてみる。
すると彼は中国語で答えも出した。
もう海外が長いので暫く喋っていないのでうまくないとのこと。

さがっていた本と辞書がうまく肩にかかわらないので苦心した。
するとまたギャング団が向からやってきた。
儂の本や辞書を盗ろうと強いてきた。
あの支那人の親父はどこかへ消えてしまい、見かけない。
ギャング団に後ろに飛びつかれ、もうお仕舞いだ。
すると向から軍隊が出てきた。
間一髪に射撃を始めた。
ギャング団はどんどん倒れる。
それは良いけど、こちらも弾に当たりそう。说
20071016
2007年10月16日朝に見た夢


 地球儀の上でアジアの地図を見ていた。地図は古代の時代であった。民族の分布の地図である。支那とインドは同じ民族でなっておった。シベリアから北海道までは何だか分かりない他の民族になっていた。名前が「何とか広」という名前だ。日本の本州から南は支那大陸と同じ民族に頒布していた。
地図は急激に現代になっていた。台湾の対岸にあるところに何とかいう重工業地帯があった。たしか日本と台湾の国境線があるはずだと探した。すると見ていたのが台湾の地図帳になった。台湾の東のはずは、たしか名前はQI-BUNDAという名前だったはずである。地図帳をぺらぺら捲っていくと、そんな名前の所は見つからなかったが、台湾の東の果てから先に島があり、それが沖縄の島々と繋がっていて日本と台湾の国境線を発見した。台湾側の国境はなにやら魚の飛び出ている形に似ていた。地図を拡大して見ると、国境はかなり沖縄側よりだった。いや、待てよ、と詳しく見ていくと、国境はやはり先ほどのそれより西にあった魚の飛び出している口の所であった。
 魚の飛び出している口がそのまま本当の魚に変わっていた。
 国境線はまた元に戻っていた。その国境線は短く海であるにもかかわらず流れは急であった。これは北と南の海の海水の高度が違うためだったと思われた。
 国境の辺りにはいつの間にか沢山の人でごった返していた。あまり日本人はいなかった。日本側には2人女の子というか女性がいた。台湾の阿美族の服装であった。色は黒であった。頭に被っていた帽子のような丸いは白であった。
 国境を越える橋があれば、と思うと橋が出てきた。
人間一人がやっと歩ける幅しかない。
 振り返ると台湾側には沢山の台湾人がいて、みんな蕎麦を食していた。