韓国に北朝鮮から砲弾が撃ち込まれて一気に緊張が高まっていますが、そもそも韓国と北朝鮮はなぜ対立しているのか、分かりやすい記事があったので紹介します。
“朝鮮半島は1945年8月の第二次世界大戦終結まで日本の植民地でした。終戦直後の9月までに米ソ両軍は南北に分割して進駐、米ソ英中が信託統治を始めました。その後、米ソで半島の統治を話し合いましたが決裂し、48年8月に南に大韓民国、9月に北に朝鮮民主主義人民共和国が樹立され、別々の政府となりました。
Q 両国の関係はどうだったの?
A 米ソの対立を背景に、南北両国とも半島全土を支配しようとしたため緊張が高まり50年6月に朝鮮戦争が起きました。国連安全保障理事会は北朝鮮軍の南への侵攻と認定し軍事制裁を決議して米軍を主力とする国連軍を投入しました。北朝鮮軍はソ連の力を背景に優勢に戦っていましたが、米軍の本格介入で韓国側が押し返し、中国も参戦して53年7月に休戦しました。これで38度線を挟んで韓国と北朝鮮がにらみ合う状態になりました。現在も休戦状態で、決して戦争は終わっていないのです。
Q 経済的な違いも影響したの?
A 社会主義的計画経済を進めた北朝鮮は50年代から成長しますが、徐々に資本主義体制の韓国が勢いづきます。80年代に韓国の優位が顕著になると、北朝鮮は危機感を持ち、女性工作員が関与した大韓航空機爆破事件など、テロを繰り返すようになりました。日本人や韓国人も拉致されました。
Q 最近では仲が良くなったり悪くなったりしたようだけど。
A 確かに00年6月には、韓国の金大中(キムデジュン)大統領(当時)が平壌を訪問し、北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記と会談したことなどで和解の機運が高まりました。しかし北朝鮮は、東西冷戦終結と91年のソ連崩壊で、ソ連という大きな後ろ盾を失い、中国も経済成長を背景に米国主導の資本主義に接近したことで孤立化し強硬姿勢に転じます。慢性的な食料不足の中、金総書記は体制維持のために核開発を進め、核兵器を交渉のカードに使うようになりました。06年以降、2度の核実験を行い、核開発計画を放棄する姿勢を見せません。核開発の動きも南北対立の一因です。(外信部)”
→ 韓国と北朝鮮、対立なぜ続く?:毎日jp
iPhoneからの投稿
“朝鮮半島は1945年8月の第二次世界大戦終結まで日本の植民地でした。終戦直後の9月までに米ソ両軍は南北に分割して進駐、米ソ英中が信託統治を始めました。その後、米ソで半島の統治を話し合いましたが決裂し、48年8月に南に大韓民国、9月に北に朝鮮民主主義人民共和国が樹立され、別々の政府となりました。
Q 両国の関係はどうだったの?
A 米ソの対立を背景に、南北両国とも半島全土を支配しようとしたため緊張が高まり50年6月に朝鮮戦争が起きました。国連安全保障理事会は北朝鮮軍の南への侵攻と認定し軍事制裁を決議して米軍を主力とする国連軍を投入しました。北朝鮮軍はソ連の力を背景に優勢に戦っていましたが、米軍の本格介入で韓国側が押し返し、中国も参戦して53年7月に休戦しました。これで38度線を挟んで韓国と北朝鮮がにらみ合う状態になりました。現在も休戦状態で、決して戦争は終わっていないのです。
Q 経済的な違いも影響したの?
A 社会主義的計画経済を進めた北朝鮮は50年代から成長しますが、徐々に資本主義体制の韓国が勢いづきます。80年代に韓国の優位が顕著になると、北朝鮮は危機感を持ち、女性工作員が関与した大韓航空機爆破事件など、テロを繰り返すようになりました。日本人や韓国人も拉致されました。
Q 最近では仲が良くなったり悪くなったりしたようだけど。
A 確かに00年6月には、韓国の金大中(キムデジュン)大統領(当時)が平壌を訪問し、北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記と会談したことなどで和解の機運が高まりました。しかし北朝鮮は、東西冷戦終結と91年のソ連崩壊で、ソ連という大きな後ろ盾を失い、中国も経済成長を背景に米国主導の資本主義に接近したことで孤立化し強硬姿勢に転じます。慢性的な食料不足の中、金総書記は体制維持のために核開発を進め、核兵器を交渉のカードに使うようになりました。06年以降、2度の核実験を行い、核開発計画を放棄する姿勢を見せません。核開発の動きも南北対立の一因です。(外信部)”
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