こんにちは!BalleRirinaです。早くも2月も後半に入り、ようやく今年2度目の投稿です。


2016年2月22日にBuzzFeed Japanに掲載されてから、今年で7年が経ちました。「世の中が変わったと感じられるまでは毎年この日にこの記事をシェアする」と決めているのですが、今年もシェアすることにしました。


記事はこちらからご覧頂けます。

↓↓↓


世の中は生きやすくなったか、毎日のように自問していますが、私の答えはいつも「否」のまま。具体的に書くことは避けますが、最近は障害の有無に関わらずどんどん生きにくくなっているような気さえします。


この記事が出た頃、私は23歳でした。障害があっても健常者に劣らない、または優る何かを持っていれば日本社会でも対等になれる、なんてあま〜いことを考えていました。社会に出て知ったのは、障害者手帳を持っていたら、どんな優れたスキルがあっても健常者とは自動的に分けて扱われるということ。それが今の日本の社会だということ。

それを思い知って絶望した2019年、私は新卒で入社した会社を転職先も決めずに7ヶ月で辞め、今の会社の門を叩きました。新卒はとらない今の会社。たった7ヶ月間でも社会人経験があったからこそ、出会えた職場でした。この職場で働けること、今は過去の経験に感謝しています。


転職して3年、毎日元気に仕事ができることは決して当たり前のことではないと痛感しています。朝起きて目に痛みがなければラッキー。夕方まで痛みが出なければさらにラッキーですが、そんな日はほとんどありません。眼精疲労の薬で凌げれば良い方。目の痛みでお休みしなければならない日も少なくありません。

それでも、そんな私の状況を理解しつつ他の同僚と対等に扱ってくれる会社にはいつも感謝しています。それは上司だけでなく、同じ立場の同僚にも常に言える事です。


これまで自分が周囲と「対等」「平等」に扱われていると実感する機会がほとんどなく、困難に直面するたびに声をあげてきた私にとって、今の環境にいられることがとてもありがたいことに感じられます。

私にもこれをする権利がありますと主張しなければ、その場にいることすら出来なかったこれまでの学校生活。障害者だからと培ってきたものを全否定された社会人のスタート(配属先の上司や先輩方、同期、研修担当者を除く)

これまでの困難の数々は今の場所に出会うためだったのかな、と報われたような気持ちになっていますが、これらの困難は本来ならば経験しなくて良いはずのものです。当事者だからこそ忘れてはいけないと、気持ちを新たにした7回目の記念日でした。


私のような経験をする人がいなくなるように。障害の有無に関わらず、学びたいことを学ぶために行きたい学校を受験する権利が保障され、合格後から卒業までの受け入れも充実するように。障害だけに注目するのではなく、一人一人の素質にも目を向けてもらえる社会になるように。その原点は、やはり「知ろうとする姿勢」と「伝えようとする勇気」そしてその二つが揃って初めて実現するコミュニケーションなのだろうと思います。



🦯BalleRirina🦯