2004年12月04日(土)
「こんにちは」――と、私は受付の女性に声をかけた。
15分ほど遅れてしまったが、話が盛り上がるのはまだこれからのはずだ。 今日は、青山ブックセンターで開かれたアートディレクター、佐藤可士和(さとうかしわ)さんのトークショーを聞きに行った。会場は書店と同じフロアーにある青山カルチャーセンターだ。
今年は時間が取れる限り、クリエイティブ関係者のトークショーやセミナーを聞きに出掛けている。私の勤めるサンタクロースセンターは、ライブラリー、ミュージアム、工房の3つの機能を持っていて、私はセンターのデザイン部門に所属している。ポスターやパンフレットなど、ライブラリーやミュージアムで使うグラフィック全般をデザインするのが主な仕事で、今は「クリスマスキッチン展」というイベントを事業企画部と一緒に担当している。
しかし 最近はグラフィックデザインだけでなく、センターで開催する展示やイベントの企画段階から関わる仕事が増えてきたので、いろいろな場所に出掛けて人の話を聞くようにしている。そのため商品の企画段階からプロジェクトに参加し、パッケージデザインから広告までをトータルにディレクションしている佐藤さんの話には興味があった。
佐藤可士和さんは、広告代理店の博報堂でアートディレクターとしてのキャリアを積んだあと、2000年に独立し、クリエイティブスタジオ「サムライ」を設立した。近年の代表的な仕事にはキリンの「極生」やauの「INFOBAR」、TUTAYA TOKYO ROPPONGIのブランディング等がある。
佐藤さんのことは、雑誌のインタビュー記事などで目にしていたが、実際に話を聞くのは初めてだった。こうした催しがあっても人気が高く、予約の時点で満席になることが多い。先月にはギンザ・グラフィック・ギャラリーで「BEYOND」という個展も開かれ、それにあわせて同名の作品集も発売された。
なかなか本人の声を聞く機会がなかったが、今回は情報を見つけたのが早かったのか、私は千夏と美和ちゃんと3人で佐藤さんの話を聞けることになった。2人はもう会場の中にいるはずだ。
手渡されたチケット番号から推測すると、90人くらいの人がいるだろうか。千夏たちを見つけるのは難しかったので後方の席に1人で座った。
話を聞いていると、佐藤さんは会話の中で「~でさ」という言い方をよく使い、外向きの丁寧な言葉遣いと混じって独特のリズムを生み出している。雑誌などで文章化された言葉からは分からない、トークショーならではの発見だった。学生時代に音楽に打ち込み、博報堂時代にはスノボにはまり、練習のため社内でスケボーに乗っていたという伝説を持つ佐藤さんは、ミュージシャンのような雰囲気も持っている。
「状況をデザインする」というのが、自身のデザイン思想について語るときの佐藤さんのキーワードだ。学生時代にコンセプチュアル・アートから影響を受け、博報堂のデザイナーになった当初から、従来のメディアの枠を飛び越えるような広告表現に関心があったという。広告が配置された空間や、状況といった周囲の環境と、それが人に与える効果に関心があると話していた。
お父さんが建築家ということで、幼少時代には、住宅の見取り図などを見て、家具の配置を決める遊びや、子供部屋の内装を自分で決めたりしていたそうだ。そうした経験も、佐藤さんの空間に対する感覚に影響を与えているのかもしれない。
トークショウが終わった後、近くのブレンズで千夏と美和ちゃんの3人でお茶を飲んだ。 渋谷駅まで戻ると、駅前はイルミネーションで輝いていた。街中がクリスマス・ムードに染まり始めている。私たちサンタクロースも、クリスマスシーズンが近づくとミュージアムやライブラリーの仕事と平行してクリスマス・イブに配達するプレゼントの準備作業が始まる。私も月曜日にキッチン展が開催した後には、イブの準備に向ける時間がぐんと増えるだろう。
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【リンク】

著者: 佐藤 可士和
タイトル: BEYOND―KASHIWA SATO
佐藤可士和さんの最新作品集。トークショーでは最後に抽選会が開かれ、この本を含めたサイン入りの書籍やポスターがプレゼントされました。
「こんにちは」――と、私は受付の女性に声をかけた。
15分ほど遅れてしまったが、話が盛り上がるのはまだこれからのはずだ。 今日は、青山ブックセンターで開かれたアートディレクター、佐藤可士和(さとうかしわ)さんのトークショーを聞きに行った。会場は書店と同じフロアーにある青山カルチャーセンターだ。
今年は時間が取れる限り、クリエイティブ関係者のトークショーやセミナーを聞きに出掛けている。私の勤めるサンタクロースセンターは、ライブラリー、ミュージアム、工房の3つの機能を持っていて、私はセンターのデザイン部門に所属している。ポスターやパンフレットなど、ライブラリーやミュージアムで使うグラフィック全般をデザインするのが主な仕事で、今は「クリスマスキッチン展」というイベントを事業企画部と一緒に担当している。
しかし 最近はグラフィックデザインだけでなく、センターで開催する展示やイベントの企画段階から関わる仕事が増えてきたので、いろいろな場所に出掛けて人の話を聞くようにしている。そのため商品の企画段階からプロジェクトに参加し、パッケージデザインから広告までをトータルにディレクションしている佐藤さんの話には興味があった。
佐藤可士和さんは、広告代理店の博報堂でアートディレクターとしてのキャリアを積んだあと、2000年に独立し、クリエイティブスタジオ「サムライ」を設立した。近年の代表的な仕事にはキリンの「極生」やauの「INFOBAR」、TUTAYA TOKYO ROPPONGIのブランディング等がある。
佐藤さんのことは、雑誌のインタビュー記事などで目にしていたが、実際に話を聞くのは初めてだった。こうした催しがあっても人気が高く、予約の時点で満席になることが多い。先月にはギンザ・グラフィック・ギャラリーで「BEYOND」という個展も開かれ、それにあわせて同名の作品集も発売された。
なかなか本人の声を聞く機会がなかったが、今回は情報を見つけたのが早かったのか、私は千夏と美和ちゃんと3人で佐藤さんの話を聞けることになった。2人はもう会場の中にいるはずだ。
手渡されたチケット番号から推測すると、90人くらいの人がいるだろうか。千夏たちを見つけるのは難しかったので後方の席に1人で座った。
話を聞いていると、佐藤さんは会話の中で「~でさ」という言い方をよく使い、外向きの丁寧な言葉遣いと混じって独特のリズムを生み出している。雑誌などで文章化された言葉からは分からない、トークショーならではの発見だった。学生時代に音楽に打ち込み、博報堂時代にはスノボにはまり、練習のため社内でスケボーに乗っていたという伝説を持つ佐藤さんは、ミュージシャンのような雰囲気も持っている。
「状況をデザインする」というのが、自身のデザイン思想について語るときの佐藤さんのキーワードだ。学生時代にコンセプチュアル・アートから影響を受け、博報堂のデザイナーになった当初から、従来のメディアの枠を飛び越えるような広告表現に関心があったという。広告が配置された空間や、状況といった周囲の環境と、それが人に与える効果に関心があると話していた。
お父さんが建築家ということで、幼少時代には、住宅の見取り図などを見て、家具の配置を決める遊びや、子供部屋の内装を自分で決めたりしていたそうだ。そうした経験も、佐藤さんの空間に対する感覚に影響を与えているのかもしれない。
トークショウが終わった後、近くのブレンズで千夏と美和ちゃんの3人でお茶を飲んだ。 渋谷駅まで戻ると、駅前はイルミネーションで輝いていた。街中がクリスマス・ムードに染まり始めている。私たちサンタクロースも、クリスマスシーズンが近づくとミュージアムやライブラリーの仕事と平行してクリスマス・イブに配達するプレゼントの準備作業が始まる。私も月曜日にキッチン展が開催した後には、イブの準備に向ける時間がぐんと増えるだろう。
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【リンク】

著者: 佐藤 可士和
タイトル: BEYOND―KASHIWA SATO
佐藤可士和さんの最新作品集。トークショーでは最後に抽選会が開かれ、この本を含めたサイン入りの書籍やポスターがプレゼントされました。