長文ですが 目を通してください
FACE BOOKで見つけた 投稿です
あまりのすばらしさに スピーチの翻訳者であり投稿者の打村明さんの 原文のままです。


7月の リオ会議でもっとも衝撃的なスピーチ:
ウルグアイのムヒカ大統領のスピーチ
(日本語版)


こんな大事なスピーチですので、日本の皆様にも紹介したく未熟ながら翻訳しました。訂正点や思ったことがありましたらコメント欄にお書きください。

リオ会議に期待を寄せ、Youtubeで各首脳のスピーチや、かの有名な伝説のスピーチをしたサヴァン・スズキさんの映像も見ていました。リオ会議 では各国首脳が集まり、地球の未来を議論し合う場なのに、各国首脳は自分のスピーチを終わらせたら、一人一人と消えて行ってしまいました。世界中から何時 間もかけてこの場に来ているのに、みな人の話は聞かず自分のスピーチで済ませている代表者が多いリオ会議だったと思います。

ウルグアイのような小国の大統領は最後の演説者でした。彼のスピーチの時にはホールにはほとんど誰もいません。そんな中、カメラの前で残したスピー チは、その前まで無難な意見ばかりをかわし合う他の大統領とは打って変わって、赤裸々に思っていることを口にしています。世界で最も「貧乏」な大統領と言 われているエル・ペペ(愛称)が世界に対してどんなメッセージを残したのでしょうか。私にとってはいつも考えなければならない重要なスピーチにもなりまし た。

映像と内容はここ か↓↓↓ リックしてください

なんということでしょう。リオ会議(Rio+20)は環境の未来を全世界で決めて行く会議で、日本メディアも新聞やテレビで大きく取り上げてきたのに、もっとも衝撃的で環境危機の本当の問題を唯一示し、考えさせられるウルグアイ大統領の本音スピーチを誰も日本語に訳していません!


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<h2 style="text-align: center;">ムヒカ大統領のリオ会議スピーチ: (訳:打村明)</h2>
バリ レンボンガン島 ノンビリ旅から帰国
いよいよ バリへの思いがノンストップ

いよいよ南の島のロングステイに向かって試行錯誤が始まり

まず、これからは 遊びに行くのではない、何らかのビジネスを起こさなくては
その種のリサーチからはじめです。

実は私自身、以前からインドネシアには何度も足を運び、

ジャカルタでチーク材を使ったオリジナル木製家具を製作依頼し

日本に輸入していました。  

しかしこれはあくまで日本に住んでいて 店舗設計デザインの仕事を通じ

店舗用の家具を、ジャカルタへ発注し製作 輸入ていたもので、

インドネシアに滞在すると日本での営業が出来ない。

現地で仕事を立ち上げなくては______

新しい商品開発が必要だ。

それから、調査渡航が続く 年に3~4回バリに出向くことになる。

その度 ホテル住まいではまずい 現地で家さがしから

どうしてもある ヌサドァ近辺となり セッセと家さがし

ようやく これならと決めたのが 白亜の3階建て

ちょっと高台で 窓から何とか海が見える 住むには快適な家

家具付きで、 でも雨季になり欠陥丸出し 家の中廊下が川に

全室タイル張りだから まー良いか





チョット 脇道 バリなど オセアニアに 高層ビルのホテル有りませんね。

実は 環南太平洋で ハワイ、グアム等にある様な海岸の高層ホテルは 環境破壊の元凶として 禁止です。 ヤシの木より高い建築は規制されています。

おかげで バリ。その他の海岸のリゾート地は 高層ビルの無い 穏やかな自然が守られてます。 

これからも破られないように 

ところが????
どこかの国の企業が作った 海岸の絶壁の上に2階建てホテル作り その下に絶壁に沿って海岸に10階以上のホテルを作る。
海から見れば 明らかに高層建築 地上から見れば 2階建て、合計15階建、悲しいですね。 たしか航空会社のリゾートホテルでした。
この会社、国外初めてのホテルはジャカルタでしたよ。

建築中 何度か見に行きました。 狭い絶壁にまずエレベーターを作り 各階 下からエレベーターの両側に客室 クリフに張り付いた通路の海側片面だけの客室、全室オーシャンビュー 当たり前ですよ 反対側はクリフ サンゴ礁の壁

工事は海岸までクレーンで資材を下ろし、(この海岸への道路ありません)下から作ったそうです。 全くの 高層建築です。 

地上から

地上では2階建て 明らかにヤシの木より低いです

海岸から

海岸から見ると このよう 誰が見ても 協定違反ですよね。




これでバリに2軒目の高層ホテル どちらも同じ国が絡んでます、
ただし、1つ目は規制ができる前、でもこの一つ目の高層ホテルが原因で規制ができました、念のため 

見てて恥ずかしかったです。




これでも建築デザインやってました。 怒。

2回めの旅行は娘の都合が取れず2人旅、向かったのは、レンボンガン島、

日帰りのクルーズツアーその名もバリハイクルーズで出発、1時間後、島に到着し散策 すると、丘の上に小さな建物が、

一人やっと通れる細い山道を15分ほど進とそこに、

4部屋の小さなロスメン(簡易宿泊施設)があり、景色は海の青と、ブーゲンビリアの赤、

ホテルのオーナー夫婦に交渉し3日宿泊のOKを取り、ツアー会社に3日後の帰り便に乗ることで了解 又、

宿泊している ”ホテル ブアルー”にはツアー会社が連絡してくれることに、 
島のロスメンは、自家発電で当然電話、車、風呂も無し、

自給できるのは地下水、魚と少数の野菜のみ、 

米、その他の野菜、ビール、燃料、等は、オーナーの息子が片道1時間半歩いて町まで買出し、

背負って来るので1回の仕入れ量が知れている、

ロスメンには2組の先客があり、2往復が毎日の仕事だ、ご苦労さんです。 

 人なつこい島の子供たちが2~3人遊びに来た、
かれらがウニが取れるかも、チャレンジしてもらったが、
初日はボウズ、次の日10個ほどの紫ウニ(馬糞ウニ)をゲット、

生は美味しくなかったので焼きウニにし、これを肴にビールが進む、とにかく2人ともアルコール大好き。    


急に宿泊を決めたので、準備は一切ナシ、余分に持っているには水着だけのプリミティブな生活が始まったのです。。。。。。



 当時 島の産業の1つが、子供の指ぐらいの太さで複雑に枝分かれしている海草、

これが岩場のあちこちに干してあり、美容品の材料として日本に輸出されているそうです。


漁は30Cm位のカツオが中心で、船外機付小船の一本釣りで、食べる分だけ漁をする。  
 

 朝夕、カツオの串焼きを売りに来る、鮮度が良い、

サンバルをたっぷり付けてご馳走、 

3食 ナシゴレン、野菜(じゃがいも)の煮物、焼き鰹、ビールビンタン。 

ナシゴレン


夕食は、近くの子供たちと一緒にわいわい食べる楽しい時間、 

風呂は蛇口に長~いホースを付け外で海を見ながらシャワーを、
(ホースを流れる間に水が冷たさを感じない温度に)南国ならではのアイディアです。  


アルコール以外自給自足のゆっくり、ゆったりの生活、夢に見た南国の島の生活です。 

 ただ後年尋ねたら、ホテルに変身でがっかりしました。



今回の旅はレンボンガン島の経験が強烈でした、この2回の旅行がその後二人が ”神々の住む島”に繋がれる原因になったのであろう



バリ滞在 プロローグ1

早朝4時私たち3名(私と友達と20歳前半の彼女の娘)
金沢を出て名古屋国際空港に8時ごろ到着しましたが、
搭乗予定のGA(ガルーダ― インドネシア)便がまだ到着していません。

やがてお昼、待ちぼうけは続き、
GA航空が、名古屋市内のホテル(東急イン)に部屋を取り、
そこで待機することに、

搭乗予定者全員がバス移動。  

ホテル到着後早速、昼食券が出ましたが、
何しろ300名以上でレストランは長蛇の列、

急遽出された食事メニューは、ステーキ定食風、 
せっかく名古屋で時間が取れたのだからと外に出て昼飯探し。 

実は、この3人での旅は初めてです。 

おいしそうな ;かにづくしの看板に引かれ入店、
蟹鍋、刺身、その他、お酒すべて完食、完飲、

ご機嫌でホテルに戻りあてがわれた部屋で
この先の旅行のことも忘れ爆睡、 

6時ごろGA便の目途がついたので、空港へバス移動、
 
結局搭乗したのは夜10時ごろ、

出足から予定が大狂い、3泊5日のスケジュールのグループは1日分名古屋にいたことになるとブーイング。 

機中は再びアルコール漬け。


バリ島到着 いつもの常宿のホテル ブアルー(ホテル従業員育成学校の実習用のホテル)に着いたのは、
6月の早朝4時過ぎ、

神々の住む島は、まだ暗闇の中 連れの2人には、始めての島、

ここまで24時間の移動になりましたが、着いたホテルロビーも 薄暗い、
サブマネージャーを、たたき起こしようやくチェックイン、

部屋に案内され一息、


再度爆睡。 


2日目 


朝食をとり 庭園を散策していると、
突然、私を呼ぶ聞き覚えのある大きな声、 


彼氏と遊びに来てて偶然、
向かいのホテル(ヒルトン)に宿泊している友人でした。 


彼らが、”午後からバンブーの家具を見たい”とのことで、
レンタカーで出発


 約一時間で目的の村に着き、何軒かの家具屋を見て回り、

欲しい家具を見つけたのですが、どうにも自宅に合ったサイズがない、
なお且つ、特別注文の場合、納期が一ヶ月以上、輸出入の手続を終へ日本に着くのは早くて2ヶ月先、

結局、2時間以上振り回したあげく収穫ゼロ、

この間、友達の、やりとり、行動、言動を見ていた娘は、その身勝手と横暴な言動に爆発寸前、怒りと苛立ちがハッキリと顔に、

ここは早々に退散 その帰り道、

この島1番のケチャダンスと言われる村に寄りケチャダンスを見ることに、

開演は夕方、まだ1時間以上間があり、準備に村人が三々五々集まって来ている様子、その準備から見たくて、舞台裏に入れてもらい化粧、衣装合わせなどから観ていました。  

フイルムが無くなり買いに行く事に、3人で車に乗り15分程先の交差点に小さな商店街を見つけ、彼女は近くを散策したいと一人でぶらぶら、

娘と2人で3軒程回りようやくフイルムを買い戻ってみると、

彼女は呆然としている、その視線の先にはバビグリン、1匹の子豚がそのままの形で、飴色に丸焼きにされ板の上に置いてあるのに言葉にもならない状態、

可愛そうと試食もしないで、本当はこの皮が大変おいしいのだが

再び冒険開始 とある処で、全身鳥肌の放心状態で
「この場所絶対に前に来たことがある。」 

若いときから霊感が強くいろいろな経験をしていた彼女、しかしここでの体験が、彼女のその後を、大きく変えてゆくことになるとは、流石にまだ気が付いていないようでした。 


 ケチャダンスが娘には大感激で眼を赤くして、その前の不愉快さも吹っ飛んだみたいです。  

 ホテルに戻ったのは夜9時過ぎ、3人で庭園での夕食を済ませて、

向いのホテルヒルトンへ、

ディスコ、ビリヤード、その後就寝
 

結局、このホテルに10日間帯在しその後、

ジャカルタ、シンガポールと旅を続け16日後何とか無事に帰国、  
 


 数日後電話があり是非再挑戦したいとのリクエスト、2ヶ月後に再び機上の人となるのであります。。。。。                  が、





バリでの朝いちばんはマンディ(沐浴)で体を清め、スンバヤン(お祈り)で始まりです。

 各部屋(神様の場 日本の神棚に近いものを部屋、廊下などに設置してある)、

水周り(台所、洗濯場)ガス、、バイク、車、門の内外、玄関、

家の敷地にあるプラ(小さい寺、祠のようなもの)、

等にチャナン(バナナの葉で編んだ小さな入れ物に 花、米、お菓子などいれたもの)
をそなえ それぞれお参りです。

スンバヤンがおわつた頃、どこからともなく豚、鶏の声と共に”スラマット パギ”(おはよう)とバリの1日が始まります。