春の陽気にうつらうつらしていると突如ドアがノックされました。
(来客など珍しい)
出てみるとそこにはかれこれ10年近く会っていなかった友の姿。
「おおAじゃないか!珍しい入れ入れ」
招き入れようとすると、彼は背後に向かって
「帰ってください!いいから帰ってください!」
となにやら大声をあげる。
何やら妙な雲行きだと思い覗いてみると、そこには彼の両親がいた。
「あ、お父さんお母さんもご無沙汰してます」
「渡辺君!ごめん!」
なにやらワケがわからない。
聞いてみるとAは4年ほど前(47歳の時だろうか)に脳梗塞に倒れ、一時危篤状態だったらしい。
生命は永らえても一生寝たきりか、要介護状態は免れないという診断を受けたそうだ。
幸いながら起きられるように回復し、リハビリをしているというのだが、全てが元通りとはいかない。
意識は大分曖昧な状態で、判断力や言語能力には随分と後遺障害が残ってしまった。
今日は幾つめかのリハビリテーション病院で問題を起こしたため「自宅療養」を勧められた。
まあ体よく追い出されたワケだ。
帰りにウチの近所になって暴れだし、どうしても僕に会いたいと言って聞かずに連れてきたという。
一目会わせて連れ帰ろうとしたのだが、話したいというAと揉めて先程の騒ぎである。
結局、親御さんたちには2時間ほど時間を潰してもらい、ウチの親父の仏壇の前で話した。
Aの結婚した相手は怪しげな新興宗教の信者だか入信しちゃった人で、結局Aもそこに入ったのは知っていた。
僕はソノ手からは全力で距離を取るので余計に疎遠になっていたのもあったのだが、このザマを見て多少後悔してしまった。
無論宗教の足抜きなんざさせられるワケもないし、離婚させるワケにもいかないので、付き合いが続いていても勧誘されたら断るくらいしかできなかっただろうが。
その相手とは病気前後に離婚したらしい。
「大変だったなあ」
「大変でした」(※たぶんリハビリで敬語で話すように訓練されたと思われる)
「…」
「UFOって信じますか?」
「はああ?」(ダメだコリャ
冒頭がUFOで度肝を抜かれましたが、記憶は結構微細に残っていました。
20代で通ったバーの話。
二人で行った横浜のしゃぶしゃぶ食べ放題で肉を9人前ずつ食べた話。
牛臥海岸から手漕ぎボートでキス釣りした話。
Aの愛車ユーノス500で東名でポルシェ煽ってビビった話。
記憶が人を形成するのなら、まごうことなきAでした。
UFOをよく見たり、僕のウチから300mの川でウナギの完全養殖が可能なので僕に成功させて欲しい話なんかはまあ誤差の範囲内です!(お、おお…
2時間話すと来た時とは比べ物にならないくらい穏やかな顔になり、両親に連れられて帰っていきました。
近々見舞いを兼ねて、一家そろってアルコールドクターストップがかかっているそうなのでお父さん秘蔵の銘酒コレクションを飲み荒らしに行くことを約束して。
今年52歳。
もう生き死にを言う歳になったのだと感じました。
若い時なら「かわいそう」という感想しかなかったのでしょうが、もうロクに未来も希望もない。
すると、どういうふうになろうが「まあ仕方ない」という自分も周りもそういう感想になってしまいます。
別れ際リハビリを頑張ってまた釣りに行こうなどと通り一遍の励ましをしてしまったので、うまく締められなくてついでに
「なあA、人生ってままならないものだろ?でもだからこそ面白いって言えるのかもしれねえがな」
と今日イチのキメ顔で言ってみたら
「…」
Aはなんとも曖昧な顔で笑っていました。