中学校の頃、私は太っていた。

……いや、正直に言うと今も太っている(笑)

 

でも当時の私は、今よりずっと「太っている自分」を嫌っていた。

もちろん好きな人はいた。
中学生だから、一丁前に恋もしていた。

だけど、告白なんてできるわけがなかった。

 

太っている私を、好きになる人なんていないと思っていたからだ。

ある日の放課後だった。

なぜか教室には、私と、好きだった彼と、男子数人だけが残っていた。

 

男子たちは女子の話を始めた。

「○○は可愛い」
「あいつはない」

そんな他愛もない会話だったと思う。

でも、その時の私は気づいていた。

みんな時々こちらを見ていた。
私をちらちら見ながら笑っていた。

非常に嫌だった。

 

でも、ここで席を立つのも嫌だった。
傷ついていると思われるのが、もっと嫌だったからだ。

私は平気なふりをしながら、女子の評価を聞いていた。

好きだった彼も、その輪の中にいた。

 

30年経った今でも、あの日の教室の空気を鮮明に覚えている。

帰り道、私は複雑な気持ちのまま歩いていた。

なんであんな男子を好きだったんだろう。

 

そして同時に、気づいてしまった。

彼は私のことを、“恋愛対象にならない女子”として見ていたのだと。

もしかしたら、嘲笑の対象ですらあったのかもしれない。

 

……だからと言って、ダイエットをしようとは思わなかったのだけれど(笑)
いや、しろよ。中学生の私。

 

ただあの日、私は知ったのだ。

男子同士の会話というのは、とても残酷だということを。

本人たちは軽いノリだったのかもしれない。
でも、言われる側はずっと覚えている。

15歳と言えども、傷ついた記憶というのは忘れない。
むしろ年齢を重ねるほど、鮮明になることさえある。

 

そして、あれから30年。叫び
(綾小路きみまろ風に)

 

私は久しぶりに同窓会へ行った。

実は私は、当時よりだいぶ痩せた。
(今もかなり太っているが)

 

だから少しだけ、「今なら普通に行けるかもしれない」と思ったのだ。

そして、あの時の男子たちにも再会した。

30年という時間は平等である。

彼らは、ハゲたり、太ったり、すっかり普通のおじさんになっていた。

そして女子たちは、当時の彼らみたいに言うのだ。

「あいつ、ひどいな(笑)」

 

30年前、女子を品定めしていた男子たちが、今度は女子たちに品定めされている。

因果応報である。ざまあである。

……ただ。

 

今は50代、昔は10代、この若さゆえの傷は今言われるよりずっと深いと思う。

なぜなら今私はババアと言われても全然平気だからちゅー

 

昔の記憶というのは不思議だ。

普段は忘れているのに、ふとした時に急に戻ってくる。

しかも、空気ごと。

 

当時の私の友達は、タロットだった。

学校では言えないこと。
誰にも聞いてもらえない気持ち。
「なんで私はこんななんだろう」という寂しさ。

私はそれを、カードに向かって話していた。

 

占いが当たるかどうかというより、カードを並べる時間だけが、

自分を否定しなくていい時間だった。

もしタロットがなかったら、私はどうしていたのだろうと思う。

あの頃の私は、自分の気持ちを受け止める場所を、本当に持っていなかったから。

だから今、占い師として人の話を聞いていると、時々思う。

占いは未来を当てるだけではない。

誰にも言えなかった気持ちを、やっと言葉にできる場所なのかもしれない、と。

 

誰にも言えない気持ち、今日もお客様はお話ししてくれました。

遅まきながらこの仕事を選んでよかったとしみじみ思った日でした。