こんにちは。
今年になって、命、に向き合う事が多々あり、
命について考えることが、必要な時だなと思います。
今年早々、ニャンコにリンパ腫が見つかり、
薬で落ち着いたかと思えば、また悪くなっての繰り返し。
日々刻々と状態が変わることに、奥さんと一喜一憂。
実は数年前、私の父もがんで亡くしています。
発見当初はそんなに状況が悪くなかったけど、
1年もたたずに状態がどんどん悪化し、まさか・・・
そして、つい先日職場の仲間が仕事中に突然・・・。
もし自分に、今、何かあったら、
何を思うかな。
父は宣告され色々した。
それでも・・・
会社の仲間は突然…
でも、当たり前だけど仕事は待ってくれないので、会社は普通に動いていて。
それは、そんなもんなんだろうけど。
なんか悲しい。
亡くなる命。
亡くなるが、無くなるに見え、自分にハテナがつきました。
奥さんに、このモヤモヤしている気持ちを話しました。
奥さんは
「ニャンコと三人暮らしているだけで、十分幸せなんじゃない」と。
僕は、
・そうだけど、ずっと一緒にいられるわけではなく、働かないといけない
・一日の大半を占める仕事、を楽しくしたい
・完璧はなくとも、職場での人間関係が良くしたい
・やりがいがとか、何か充実感みたいなのがない
・しっかり稼いで、そこそこ貯金もしておきたいし
・・・と言うと、
「何か残したいの?」と。
頭の中が、ぐちゃぐちゃで自分が良く分からなくなりました。
すぐには答えが出ませんでしたが、
ふと、ずっと先を見て生きてきたなと思いました。
生きる
いま、をそのまま生きれば、いいんだな。
仕事をしているときは目の前の仕事を。
家族といるときは、家族との時間を。
自分ができるときはしっかりやり、
出来ない時は、できない自分を受け入れ、
帰宅すれば家族との時間を楽しむ。
ただ、それだけでいい。
それ以外に、何もいらないなと思えました。
ちょうど昨年の今頃から、
心理学や、コミュニケーション関係の講座に行き始めました。
これら全ては、その時々に必要なものに出会ってきた。
この世の中
・こうしたら良い、これは悪い
・これは正しい、これは間違っている
・変わりたい、変わらなくていい
・あの言動(ヒト)は好きだ、あの言動(ヒト)は嫌い
これら、全ては、関係ない気がします。
ヒトにより価値観は違いますし、どれが正しいとかない。
ただ、
僕がその時々、
その一瞬一瞬を受け入れ、
喜怒哀楽をあらわせばいい。
そんな時、加島祥造さんの本の一文に出会いました。
”自然に四季があるように、ヒトの心にも四季がある。
自然の春夏秋冬は、ヒトの喜怒哀楽。
もし自然の四季を楽しんで安らぐなら
心の四季の変化も同じように楽しめるだろう。”
この本は、以前一度読んだことがあります。
その時は、いい本だなと思った程度でした。
今、ふと手に取り、新たな言葉に出会えた。
全ての一瞬は、
全てのヒトは、
絶えず変化し、
同じはない。
自然に感じ、受け入れれば、
ただ、それだけで
幸せ
だと思えました。
だからね、
今を、自然に、生きてみよう
と、思います。
これからも気持ちが揺れるでしょうが、
それもそれで、いいんでしょうね。
生きているだけで、素晴らしい。
そんな言葉を聞いたことがありますが、
それを実感しています。
その時々の感覚を大事に、
今は今の感覚を、大事にしたいです。
これまでも、間違いではない。
私にとっては必要な、
その時、
その瞬間で
出来ることをやってきた。
もし、今、自分に何かあったら、
と思った気持ち。
それは何より、
自分とずっと一緒にいてくれた
奥さんへの気持ちだと
やっと気づきました。
これからは、自分の大切なヒトと
大切なニャンコと大切に過ごしていきたいと思います。
探していたことは、こんなに近くにあったんだね。
