本能で生きる 心生体
心 感情+生
生 生きる本能
体 感覚+生
こんにちは。
昨日、うちのニャンコに
余命というものが宣告されました。
覚悟はしていましたが、
正直動揺しました。
昼間に連絡を受け、
午後の仕事は上の空。
いつもなら笑って流せる話も
淡々と。
淡々と。
早く帰りたい。
先日のブログで
命について書きました。
今年は本当に、
命 生きる
事を考えさせられる。
これまでの僕は、
生きにくさ、を抱えていた。
それは、
仕事の事であり、
人間関係の事でもあり。
ただ、
生きることについて
考えると
生きにくさって何だろう。
うちのニャンコは
今朝も元気にご飯を食べた。
見た目はいつもと大して変わらない。
事実として病がある。
動物には、
意識があるとかないとか
色々言われています。
生きにくさ、
意識、
生きるって、
何だろう。
ニャンコは言葉が話せない。
見る人によって
元気そうとか
喜んでいるとか
色々見える。
これってニャンコの
意識を感じているんだろうか。
ふと、
生きる本能
かな、と今朝感じました。
ニャンコは、
今を生きています。
体は病におかされている。
でも、
本能で生きている。
心は
ご飯を食べたり、
昼寝をしたり、
僕や奥さんに甘えたり。
生きる本能に、
感情が現れ
僕たちに見せてくれている。
ヒトも同じかな。
ニャンコの事を昼間電話で聞き
早く帰りたいと淡々と仕事をする。
一瞬、笑って流せない自分に
周りの目を気にしたりもした。
こんな気持ちが、ある意味、
僕にとって
生きにくさ
につながる部分なんでしょうね。
自分の態度や周りの態度を
自分の目で見て、
感覚的に良くないと思っている。
早く帰りたいけど、
のんびり仕事をしている人を見て
感情的にイライラした。
ただ、これだけだと
生きにくいですね。
自分の本能的には、
ニャンコや家族を思う気持ちがある。
それがあると分かると、
感情、感覚が
生きる本能で包まれている
感じがしました。
スポーツで、心技体(精神力、技術、体力)と言われますが
生きることは、心生体という言葉が浮かびました。
生きる本能の“生”、の両側に
心(感情)と体(感覚)で本能が支えられ生きる。
ニャンコは言葉こそしゃべれません。
体が痛いかもしれません。
精神的にもしんどいかもしれません。
ただ、
目の前にいるニャンコは
僕たちを見つめてくれています。
これは現実。
ニャンコの本能、
僕たちを見つめる目は、輝いています。
この 命 生命 に対して、
しっかり見守り、出来ることをしようと夫婦で話しました。
ニャンコに包んでもらっている僕たち夫婦。
それ以上に、僕たちでニャンコを包みたい。
このblogやFacebookで投稿したりコメントするのが好きでしたが、
しばらくは程々にして、ニャンコと家族の時間を大事にしたいです。
