少し前からチャゲアスをよく聞きます。


というのも、

自分自身の音楽の原点はどこかな?

と、考えたとき


昔、子供の頃車の中でかかっていた

音楽を思い出しました。


それが、チャゲアスとTUBEでした。


それも、古いアルバムをカセットに

入れたものをヘビーローテーションされて

いました。


そして、久しぶりにYOU TUBEで探して

聞いてみると、

初めてチャゲアスの良さに気付いたんですね。


残念ながらTUBEはいまいちピンと

きませんでした。

もちろんTUBEもハイレベルで

素晴らしいのですが、

それ以上にチャゲアスのすごさを

再認識したんです。


特に飛鳥の素晴らしさにいまさら

気づきました。

歌うますぎます。まさにどっから

声出てんの?状態。

音域も広く、独特なリズムの楽曲を

見事に歌いあげます。

(自分の曲だから当然か)


作曲もすごいですねー

デビュー当時はギターで作っていた

ため、フォーク調のシンプルなコード

進行の曲が多いのですが、


途中からシンセサイザーに切り替え、

そこからの曲作りがすごい、

転調だらけで、普通一曲に出てくる

コードは10個程度なのが、飛鳥の場合

多いときで50個にもなるという・・・


そのころから、歌い方も今の

感じに変わったんですね、

デビュー時は普通の歌い方ですね。


ぼくが良く聞いていたのは

デビュー時のもので、万里の河、

ひとり咲き、男と女、モーニングムーン

なんかはすぐにカラオケで歌えました(笑)


ベストアルバムを借りて

それ以降の曲も覚えたのですが、

WALK、LOVESONG、などは

カラオケで歌うの激むずでした。


おそるべし飛鳥。





さて、近々このブログ

一新して生まれ変わらせようと

企んでいます、現在読んでくださっている方は

乞うご期待。





先日、カラオケに行きました。



カラオケではよく、Mr.Children、

ラルクアンシエル、

ジャンヌダルク、アシッドブラックチェリー、

T.M.Revolution、シャムシェイド、GLAY、

など中心に歌います。



だいたい、いつ行っても

同じような曲を歌っています。



上記のアーティストの曲は

比較的難しいので、何度歌っても

次はもっと上手く歌いたいと、

思って何度も歌うんですね。



歌は奥が深いです。




今回は、解散してしまった

椿屋四重奏の曲も

歌いました。


“紫陽花”と、“成れの果て”


を歌いましたね。



紫陽花の方は、Cメロの部分を

覚えていなく、その部分が歌えません

でしたが・・・(笑)



やはり、認知度が低いので

一緒に行った相手が

椿屋四重奏を知らない場合

気を使ってしまい、あまりたくさんは

歌えません(笑)



歌っていて思ったのは、

椿屋四重奏の曲は

メロの部分と、サビの部分で

音域があまり変わらないんですね


なので、そういう曲の場合は

サビで盛り上がりに欠けるというか、

歌でその部分のメリハリをつけるのが

難しいんじゃないかと思いました。



椿屋四重奏以外の曲でも

そうですが。

先に書いた、アーティストの曲、

特にシングル曲なんかは、

サビで一気に音域が上がる曲が

多いので、普通に歌っていても

メロとの差別化ができるのですが


音域があまり変わらない曲の

場合は、どのようにメリハリつければ

いいんだろうか?


心がけの問題か?


意識的にメロの部分を抑えて歌う

ということですかね・・・



そういう部分でも

椿屋四重奏の曲は

あまりカラオケ向きでは

ないですね、残念ながら・・




いつも椿屋四重奏の曲の

素晴らしさを、カラオケで

伝える歌唱力もなく、

自己満足で終わってしまいます・・・;








椿屋四重奏というバンドが解散してしまった。






あれは、4,5年前でしょうか、

椿屋四重奏という名前をにわかに

雑誌等で、目にするようになったのは



ミニアルバム“椿屋四重奏”や

“深紅なる肖像”が出た頃



当初は、その前から

聞いていた“つばき”というバンドと

名前がかぶってるなあ。

ぐらいの認識だった。




そんなとき、バンドのメンバーの一人が

“椿屋四重奏”って知ってる?

かっこいいよ

とすすめられ、CDを借りました。



他のメンバーもいる部室で

早速ラジカセに入れて視聴。







こ、これは・・・







他のメンバー一同:Yさんやん!(笑)







Yさんとは、僕らの一つ上の先輩で、

カリスマ的なギターボーカリスト

その方にそっくりな声と歌い方だったのです。



勧めてきたメンバーも初めにそう言っていましたが

他のメンバーも納得の、そっくりさでした。






しかし、演奏の方もかなりハイレベル。

何より構成が複雑で

聞けば聞くほど発見がある

まさにスルメ的な楽曲たちでした。



さらに、四重奏といいながら

3ピース!?

この複雑な楽曲を

3人で演奏するなんて・・・


驚かされました。



そんな出会いがあった

椿屋四重奏が

解散するなんて。





一度でいいから

生で見たかった。



とはいえ


心のどこかで


いつでも見れると思っていたのでしょう。






この世のどんなものでも

終わりがあって

それは当たり前のことで





今いるこの場所

この瞬間は二度と

訪れないのに





今じゃなくてもいつでもできると、

今できることを後回しにしていたら




時すでに遅し・・・




二度と手に入らなくなっている。





そんなものです。






だからこそ

今できることを

全力でやろう







きっと彼等も

今すべき最大の事を

考えに考えた末に

至った結果に違いない。





彼等は常に全力で一切の手抜きなく

全てを注ぎ込んできたことが

どの楽曲を聞いても

伝わってくる。






















やややっ


最近全くブログを更新していないなー

だめだだめだ。




さて、

自分なりの

今年の漢字一文字は。。。








ズバリッ









「変」!!!









変化の変です。



変わり者の変じゃないよ。



もちろん、変態の変でも。。。




ありません。











なんせ、今年は色んな変化がありました。

一番大きかったのは、

仕事を辞めたことです。

それで、一人暮らしの生活も終え


今はまた、実家でのんびり

暮らしています。

そこで、音楽を続けたいと思っていましたが

そのためにも何か他の収入源が必要だと思い


自分でビジネスを始めようとも

思いました。

現在、進めているのですが、

前までの自分では想像もつかなかったことですが、


人生プランというか、

本当にやりたいこと、

なんかが、

おぼろげにでも見えてきた。


そんな1年、というか

ここ半年。

でしたね。



とうわけで、

そんな自分が来年は

まさにウサギのように(←ベタ)

もっと飛躍できる年にしたいですね(笑)




というか、します。





少なからず、

このブログでやりとりしていただける方にも

出会うことができて感謝しています。

最近、放置気味でしたが。。。




ありがとうございます。





みなさんにとっても

良い年が迎えられますように。
















今日は金曜ロードショー“トワイライト”を見ました。


なんかご飯食べていると、母親が今日はコレを見る、ということで


ご飯を食べ終わって、のんびりしながら見ていて、


結局最後まで見てしまったという感じです。



内容は、人間の女子高生と、そのクラスにいたヴァンパイアの青年。との恋物語。


そこに女子高生と幼馴染でオオカミ男の青年も加わり三角関係になるという。。。



ただ、ヴァンパイアとオオカミ男という二大モンスター設定以外は、


ただの恋愛ストーリー。それも若い人向けの?


だいたい映画自体が若者向けなのかもしれませんが、


ストーリー的にはありがちというか、あまりおもしろくありません。


(あくまで一素人の感想ですのであしからず)





まあ、ヴァンパイアやオオカミ男といえども中身はただの人間と同じで


恋愛下手なんだなあと思いました(笑)





そして、ヴァンパイアの青年は人間を見ると血を吸いたくなる


しかしその欲望を押さえて、人間とともに暮らし恋に落ちる。


そして、オオカミ男の一族は自分の感情が高ぶると、巨大なオオカミに変身し


時に大切な人さえも傷つけてしまう。






そういう部分はまさに人間らしく、結局なにかを成し遂げたり、人と関わって生きていく


上で、自分自身の欲望や感情というのは常にコントロールし続けなければならない。


時にそれが邪魔をして目標が達成できなかったり、人間関係がうまくいかなかったり


するわけで、



つまり、僕たち人間も、自分の欲望や感情をコントロールすることができなければ

いつでもオオカミ男になりえるんだよと。。。





それがこの映画の裏テーマなのではないかと勝手に考えました。




結局、最後は何度も負けそうになりながらも常に自分の欲望に打ち勝ち、愛する人を


守ろうとがんばったヴァンパイアの青年が彼女と結婚を約束したところで


幕を閉じるのでした。(続編があるらしいです)







それにしても、恋の相手がヴァンパイアとオオカミ男。。。


かたや氷のように冷たい皮膚。。。


かたや体温42度のカラダ。。。



ラーメン食べながらアイス食べるみたいでおなか壊しそうだなぁと思いました。




最近かなり、ブログの更新が滞ってしまいました。



が、




今日は最近少し



上手くいっていなかったことが、



大きく一歩前進したので嬉しいです。




このまま色んな事がうまく回って行ってくれたら



いいのですが。。。。


今日は、あるコメント友達の方からリクエストがあったので、

表題の件について書いてみたいと思います。


初めにお断りしておきますが、これはあくまでおれの個人的な方法論であって

声楽的に正しいかどうか保証はありませんし、

ヴォーカルレッスンというのは、先生によって表現の仕方、練習方法など

様々です、ですので先生について練習されてる方はそちらを優先的に行ってください

変な癖がついてしまうと厄介です。


あくまで、こういう方法もあるのか~といった参考程度にし、

合っていると思えば取り入れてもらっても良いかと思います。


さて、前置きがかなり長くなりましたが、


高い声の出し方=ミックスボイスの使い方


とします。


ミックスボイスとは、いわゆる地声と裏声をミックスしたもの。


(※かなり雑に説明しています!)


これを使いこなせるようになると、

いわゆるキーの高い曲でも楽に歌えるようになります。


おれ自信、昔は喉を絞るように声を出しており、のどに負担をかけていました。

これはつまり、地声のまま高い声を出そうとするということ、

そうすると、高い方ののラ(A)くらいが限界になり、それ以上歌えませんし、

声がすぐに枯れてしまいます。


そして、おれがミックスボイスの出し方のコツをつかんだのは、


“裏声を地声に近づけていく”


方法です。



まず、裏声を出します。

裏声はそのままだと、細く弱い声です、それを徐々に地声のような

強い声に変えていくんです。


そのとき初めは徐々にのどを閉めて強くしようとしてしまうと思いますが、

ダメです。


額~後頭部あたりから声が出ているように意識するんです。


これは、高い声に限ったことではありませんが、

歌うときは常に鼻とおでこの間、眉間のあたりに口があり、

そこから声が出ているように意識すると良いです。


そして、

裏声を出しているときは


“ハーーーーー”


といった感じで出ると思うのですが。


ミックスボイスの場合は


“ハッ!----”


という感じで、


声が、頭から、まるで矢のように細くなって

飛び出していく

そんなイメージで出すといいと思います。


裏声のときは

自分の身体から、こう全体に広がるように

声がパ~ッと出ていく感じで、


そこから徐々に焦点を絞っていく感じ、


わかりますかね。。。


伝わりにくいでしょうねきっと。。。



蚊の鳴き声とか真似てみてもらってもいいかもしれません


ン~~~~------ッ


って感じで。




とにかく声は、

鼻より上から出ているイメージ


もう身体が鼻から上しか

無くなってしまったくらいに


そこだけで歌っているイメージですね


そうすると


それより下に力が入らなくなると思うので。



腹式呼吸?


無視です。


はっきりいって歌ってたら、


自然と腹式呼吸になってると思います。


それに、腹式呼吸とかいって、


腹に意識とかするから、意識が常に下に行っちゃうんですよ


無視無視。



あくまで、一素人の個人的な意見です。


そこまで腹式呼吸が大事なのだとしたら


おれはまだその域に達していないということかもしれません。


ただ、おれは腹式呼吸なんか意識しなくても


高い声が出るように、


というか意識しなくなってから出るようになりました。










で、課題曲はレミオロメンの“粉雪”ということなのですが

あの曲はもう難しいのはサビだけですから、


それ以外のところはもう力を抜いて楽に歌い、

サビに温存しておいた方がいいと思います。


そしてサビですが、


こな~~ゆき~~


の“な”がおそらく一番高い音でラ(A)ですね

しかも伸ばすので、地声では苦しいですね。


声の切り替えもポイントになるのですが、


“こ”から“な”で瞬時に切り替えるのも難しいかもしれませんので、


もうBメロ終わりの、“むなしい~だ~け~”


の“だ~け~”あたりをミックスボイスで歌って


しまえばいいと思います。


この切り替えというのは


厳密には地声とミックスボイスの切り替えというよりは、


声を出すポジションの切り替えだと思うのですが、


低いところなら、鼻あたりから声が出てるように、


少し高い、音程で言うと高い方のミ~ソくらいですかね、


それなら額辺り、それ以上なら頭のてっぺん


さらにそれ以上(ラルク、B'z、Xなどの高音)なら後頭部、


というように、音程に合わせて意識する場所を変えるんです。



ただ、自分もこういったことを知識で知っていても理解するには


かなりかかったのですが


結局そういうことです。



力を抜いて歌い、ミックスボイスは、頭から矢を放つように出す、

音程によって意識するポジションを変える。



あと、単純に高い部分を声を張って大きな声で歌う。


それでも多少は楽に出るとは思います。


しかし長続きしないと思いますが。


小さな声で高い音を出そうとすると最悪です。のどが締まります。




カラオケなんかで、高い声が出ないから自信なさげに、


小さな声で歌うとか、


それでムリして高い声出そうと、のどを締めて


それ以上ムリだから声がひっくり返っちゃって


余計めちゃくちゃになって


さらに自信なくしちゃうみたいな。。。




だから、家だけで練習すると変な癖がついてしまうんですよね。


あ、これはおれのことですが。


とにかくミックスボイスは勢いよく出す。ということでしょうか。







かなり長く、わかりにくいものに


なったかと思いますが、


少しでもヒントになるものがあれば幸いです。



他にも歌うときに注意している点はたくさんあるので、


また機会があれば書こうと思います。




では。





急に寒いな


ほんま。



震え止まらん。





今おれは家で仕事をしてるので


あまり外に出ません。


気づけば約一週間も外に出ていないことに気づき、


今日は一時間ばかり、ドライブ。

(外に出ても車の中という。。。)





あてもなく車を走らせるのがかなり好きです。


そして、車の中で好きな曲を思い切り歌います。


おれの歌の練習はもっぱら車の中。



あれって外に聞こえてるんですかね?


歌声が漏れてる車は見かけたことないですが。。。



信号待ちで 隣にトラックや、原付きが止まったときは、


歌うのをやめます。



なんとなく気まずいのです。



サビ前で信号に引っかかると少し悲しくなります。



前に車がいるときは、多分バックミラーで見られてると思いますが、


そこはあまり気にしません。



実は車の中でつかんだ、高い声の出し方のコツもいくつかあります。




ただ、今日話したかったのはそんな話ではなくて、




久しぶりに外に出ると




知らぬ間に



街路樹が紅く染まっていたことに驚きました。






自分なんてこの世に生きてる価値無いと


自分なんていなくなった方がマシだと言って、


自ら命を絶ってしまう人がいる。


そこまでいかなくても自らの身体を傷つけてしまう人がいる。



そうすることによってその人たちは何を得るんだろう


そうすることになんの利益があるだろう



本人に聞いたって明確な答えはないだろう


“血を見ると生きていることを実感できるから”


“痛みを感じると生きていることを実感できるから”


みたいな答えが返ってくるかもしれない。



でも、正直血なんて見なくたって生きてることは実感できる。


痛みなんて感じなくたって生きてることは実感できる。


だって現に生きてるんだから。


心臓が動いて、呼吸をして、


生きてる。



なのに。。。











そういう人たちのことを“炭鉱のカナリア”に例えたある人がいた。





地面を掘っていくと、有毒なガスが発生しているところがあって、


その有毒ガスに対して、カナリア(黄色い小鳥)は人間よりもとても敏感だから、


ガス発生地帯に行くと、人間よりもカナリアの方が先に死んでしまう。



つまり、それ以上先に進むと、人間も危ないということ。


それを察知するために人間の身代わりとしてカナリアが使われていたという。




もちろんそれは昔の話で、今は探知機とかがあるんだろうけど。






毎年増える自殺者の数。


おそらくこの先も増える一方でしょう。


どうしようもなく生きてる意味が分からなくなって、


自分でも分からない何かに、衝動に、突き動かされて、


自らを傷つけてしまう人たち。


そういう人たちはまるで“炭鉱のカナリア”のようだと。



つまり、大多数の人には分からない


気づくことができないなにかを敏感に察知していて、


そういう行動にでるんではないかと。。。





そう考えると


そういう人たちは、弱い人間でもないし、


むしろ本当は生きてる価値のない人間でもない


大多数の人間よりも敏感で、むしろある意味


優れているともいえなくもない。



人類はこのまま生きていたらとんでもない事になるということを


その命でもって伝えようとしているのかもしれない。







こういう話はかなり危険で、


自分自身こんな話をして世直しをしようだとか


誰かを否定しようとか、そんな大層な考えは


これっぽっちもありませんが、


おれがこの話を知ったとき、自分の考えがくつがえされたというか、


とても衝撃を受けました。


そしてそういうことについて考えされる出来事があったので


ここに記したというだけです。



これが事実かどうかなんてもちろん分からないし、


一つの考え方として、こういう視点もあるというだけのこと。


仮に周りにそういう人がいたら、とかく、


否定的な考えをしてしまいがちだと思うのですが


こういう考え方があれば、そういう人たちにも


敬意を持って接しれるかなと、、、




結局、認めてあげたらいいと思うんです。


そういう人たちは何かの拍子に


自分を信じれなくなった


他人を信じれなくなった


そうして、ひきこもったりしようものなら


社会から締め出されるような


そんな風潮があって


余計に八方ふさがりの悪循環。


そんな中で


一人でも多く、認めてくれる人が周りにいれば


結果も変わってくるんじゃないかなと。。。





そんな偉そうな、漠然とした思いを持った


ただそれだけです。