妄想話と本当の話のブログ
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 サバンナに「ガオー」というライオンの親子がいました。

 ガオー親子の母ライオンは、とても子供思いで優しいライオンでした。「お前は可愛いね。私がずっと守ってあげるよ。」と毎日子ライオンをペロペロ舐めてあげました。

 子ライオンは母の愛情をたっぷり受けて幸せな日々を送っていました。そんな甘えん坊の子ライオンも狩りの練習をする時期になりました。

 練習相手は子シマウマです。
 
 親シマウマは母ライオンが追っ払ってくれました。子ライオンは軽い気持ちで子シマウマのおしりに噛みつこうとしました。
 
 その時です。

 子シマウマの後ろ蹴りが子ライオンの鼻っ先に炸裂しました。子ライオンは初めての衝撃に全身が震えて腰が抜けてしまいました。母ライオンは逃げる子シマウマには目もくれず、子ライオンに駆け寄るとペロペロ舐めながら優しく言いました。

「可哀想に。酷い目にあったね。あなたは狩りなんかしなくてもいいのよ。これからは全部お母さんが狩ってあげるからね。」

 それから10年が経ちました。子ライオンは立派なたてがみを生やしていました。体重は300キロを越えてサバンナでは一番大きいです。母ライオンはというと、子ライオンの目の前で息絶える寸前でした。

 これがガオー親子の最後の会話です。

「お前は立派なライオンになったねえ。今まではお母さんが狩りをしてあげたけど、これからはお前が一人で狩りをするのよ。」

「そんなの無理だよ。僕、狩りなんかやったことないし、やり方も教わってないよ。」

「大丈夫よ。お前には立派なキバとツメがあるじゃないか。きっとできるよ。」

「キバとツメがあったって、使い方が分からないよ。」

「幸せにおなり。」

 母ライオンは死んでしまいました。

 あわれ、子ライオンはサバンナの王になる素質があったにもかかわらず、挑戦するチャンスも失敗するチャンスも母ライオンから与えらることなく、寝そべっているだけで食える生活を突然打ち切られ、サバンナで生きる知恵も力も備えないまま、丸裸で弱肉強食の世界に放り出されてしまったのです。
 
 唯一残ったのは、ライオン一倍大きな強靭な体。それと、子シマウマに蹴られた痛みと恐怖の記憶です。

 2週間後、子ライオンはハイエナの胃袋の中でした。

 チャンチャン♪
理想の起床時間 ブログネタ:理想の起床時間 参加中
今年の2月から生活リズムが激変した。

それまでは午前2時~3時に寝て不機嫌な頭痛とともに午前8時に起きていた。
体調は最悪。1週間に1度は気持の悪い凶悪なタンが出た。

だけど2月からは午後9時に寝て午前4時~5時に起きる生活にチェンジ。
稀に2時、3時にパチっと目が覚める時があって、そんな時は思い切って起きてしまう。2度寝はだるくなるからね。
結果、体調良好。出勤まで約3時間~5時間あるので気持にも余裕が持てるようになった。

ただ、映画を見ている途中で妻や子供が早起きして騒ぎだす時がたまにあるのでそんな時はついイライラしてしまう。

なぜ2月から急に早寝早起きをしだしたかというと引越しをしたのが大きな理由だと思う。

俺はゴリラみたいな風貌だけど実は超繊細で神経質な人間なのだ。特に就寝に関しては時計の「チッチッチッ」という秒針の音が気になってしまい全く眠れないほどである。今は秒針の音が鳴る時計は家には置いていないから安心だ。
ただ一つ、俺が超繊細で神経質な人間だと知る人があまりに少ない事に苦労をする。

環境が変わったときもしばらくは大変だ。疲れてるのに早く起きてしまったり、眠れない時があるからだ。
だけど、今回はそれを上手く利用した。引越し初夜、部屋の片づけも終わってなくて疲労困憊だったので9時に床入りした。だけど全然眠れない。しかし、うつらうつらしていると4時前にガバっと起きた。

部屋の片付け開始。

全然寝てないのに体調は良好で気分も良い。少ない睡眠時間同士でも、夜更かしからの睡眠不足と早起きの睡眠不足は全然違う。

さらに次の日。また4時に起きた。後で妻に聞くと9時半にはイビキをかいて寝てたと言う。つまり早寝早起きをしたという事だ。

こんなにも爽快ならもっと早く早寝早起きをしておけばよかったと思う。

脱線しまくっててきとうにダラダラ書いてしまった。
そういえば理想の起床時間は何時?がテーマだったね。

理想は一睡もせずにずっと起きていたいです。

今年のピューリッツァー賞写真部門の受賞作品を見た。

タイトルは「犠牲者の遺体に囲まれ泣き叫ぶアフガニスタン人の少女」

撮影者のホサイニ氏が自爆テロに巻き込まれ、血まみれになりながら撮影した。

写真を見ると12歳のタラナ・アバクリさんが遺体の中で立ちつくし、泣き叫んでいるのが分かる。

こんな写真(※人によっては刺激が強いので閲覧注意)
http://www.review-school.jp/main/201204/2012-1.html

俺は自分ができる事と出来ない事を頭で決めているので、この写真を見るだけで何もしない。

本気を出せば何か出来るかも知れないが何もしない。

俺は自分と家族が一番大切なのだ。

嫌な奴である。

ニュースや新聞で目につくようになった単語、「自爆テロ」

「~で自爆テロがありました」と言われても「またか」とか「あーあ、可哀想に」と思うだけだ。

でも現場の写真を見ると何も言いたくなくなる。

写真は何度も何度も見て50回以上は見たかもしれない。

そうすると、最初の怒りや悲しみが薄れてきて何というか少し慣れてしまった。

俺は日本というアフガンよりは安全な場所で快適に暮らしている。

何か援助をしたいが方法も分からなければ調べる気もないし、自分の生活を崩してまでする気もない。

だからどんな感情でどんな言葉を言ってもしょせんは他人事なのだ。

俺は今まで自分の冷酷さや汚さや偽善心をしっかりと認識したうえで、こういう不幸な許せない事件を忘れずに生きてきたつもりだ。


その時だけ「何とかしてあげたい」とか「可哀想で仕方がない」とポロポロ泣いて夜になったらすっかり忘れてビールを飲んでる人間だけにはなりたくないからだ。


子供が中、高生になったら、こういう写真を見せて意見を聞いたり話をしたりはしてみたいけどね。

最後に毛が超可愛い格闘家の写真
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