ぱぱが亡くなって今月で半年

7歳から一緒に日本で暮らし始めて
ずっとずっーーーーーーーっと
厳しくて大嫌いだった

中学2年かな
その時ぱぱが癌だって事を知っても
正直、ふーん。本当の父親じゃないし。
って思った
死ぬかもしれないだよ
って言われても 正直
さっさと死ねばいいのにって心の中で
思った

怒られるんびに、なにか小言を
いわれるたんびに
毎回、何十回も思った

癌が見つかってから
5年間手術して入退院繰り返して
去年の12月10日 23:27
に亡くなった

ぱぱは11/1に入院して
そのまま病院で亡くなった
その日は私が免許合宿から
帰る予定だったけど延泊して
実際にぱぱが買ってくれたこの家で
パパの顔を見たのは朝早くて合宿行く日で
ぱぱの寝室の和室のベッドで
ぱぱが苦しそうにしてる顔だった
いってきます。と声をかけても
なにも言えないくらい苦しそうだった

パパが亡くなった日
朝起きて、バイトに行って
8時くらいに帰ってきて
母親は不倫相手の家
弟は友達と映画を見にでかけて
まだ帰ってきていなかった。
1人で彼氏と電話しながら
リビングでゆっくりしてたら
母親からキャッチが入ったけど
面倒でずっとシカトしてた

21:00頃カップラーメン食べようとお湯を入れて
食べるから電話切るねーって
彼氏との電話を切って
三分待とうと思って携帯いじってたら
母親から電話かかってきて
妙にしつこいなって思って電話に出たら
病院から電話かかってきてパパが危ない
今から迎えにいくから家出てって言われて
上着と携帯と鍵を持って家を出た
15分くらいして母さんが不倫相手の
運転で家にきた

15分間必死に弟に連絡したけど
繋がらなくて
仕方ないからと先に病院に向かった

病院についたのは21時半くらい
ぱぱはいつもの病室じゃなくて
ナースセンターの横の病室のベッドで
意識朦朧してて口を開けて目は開いたまんまで
体も動かなくて声も発せない状態だった

看護師さんに耳は聞こえているので
お声かけくださいって言われて

必死に必死にごめんなさいって言った
ありがとうって言った
ぱぱの思うような娘になれなくて
ごめん
未成年からお酒もタバコもして
非行に走って挙句の果てに
バイトばかりして学校行かなくなって
単位足りなくなって半年留年して
普通なら払わなくてよかったはずの
授業料血も繋がってないこんな奴に
払ってくれて最後まできちんと
高校卒業させてくれてありがとう
必死に必死に言えなかった事を言った

少し遅れて弟が病室について
パパの横で必死に泣きながら
なにか伝えてたけど覚えてない

少し経って3人とも少し落ち着いてきて
みんなで落ち着きながらパパの体さすったり
5年間痛かったねー辛かったねー、
もう頑張らなくていいよあと3人で頑張るよ
って言って

母親は仕事場に電話しに行くついでに
車に充電をしに行って

あたしと弟で二人でパパの横にいって
ヒューヒューってパパの呼吸の音が
聞こえなくて
弟が看護師呼んでくるって言って
外でようとしたけど
あんたはパパの本当の子供なんだから
そばにいて!!!!って言って
看護師さんを呼びに行って母親に
すぐ戻ってこいって電話して
すぐに看護師さんと担当医の先生が来て
パパの死亡が確認された


9月の頭くらいかな
ぱぱを病院に連れていく人が
いないから嫌々ながら病院に
付き添った日、初めてなんじゃないかなと
思うほど行きのタクシーでまともに
少し話せてからパパに対する嫌悪感がなくなって
今まで二人でいるのさえ嫌だったのに
家でも普通に会話して、時々病院の
付き添いに行くようになって
合宿免許から帰ってきてパパのところに
お見舞いに1人で行くようにって
嬉しかった
ただただパパと2人で話せれるように
なったのが嬉しいと思った

ぱぱが亡くなる二日前
バイトの前に会いに行こうって
思って1人で会いに行ったら
寝てて、ぱぱの寝顔を見ながら
泣きながら朝ごはんの
おにぎり食べながら座ってた

ぱぱの診察の時間になって
看護師さんが来たのかな
その時に起きて、私と目が合って
なんだ、お前1人か
ってちょっと怖く言われて
夜ままくるよって一言言って
バイト行く時間だったから
その場ですぐに帰った
それがパパと最後の会話だった

少し仲良くなってから
後悔してることもあるけど、
仲が悪かった時の事は正直
仕方なかった思春期とかの問題じゃなくて
どうしたってなにしたって嫌いだった
って思う
すこし後悔してる事も本当だけど
仕方なかったって思うことも本当

長年本当に大嫌いって感情が
亡くなる直前大好きって感情に
なった訳でもない

でも話せるようになって
一つ大きな後悔が私の運転で
唯一の共通点である、
私とぱぱが大好きだった江ノ島に
連れてくことが最後までできなかった