安史の乱唐の玄宗皇帝は、前半「開元の治」と言われている唐の絶頂期を築いたが、天下泰平の中で徐々に政治がゆるみはじめ楊貴妃に溺れ「これより皇帝は朝早くには朝廷に出てこないようになった」と歌われ、楊貴妃の従兄楊国忠と節度使の安禄山は激しい権力闘争を行い、危機感を覚えた安禄山は唐に対し反乱を起こした。玄宗は蜀に逃れ自らの兵士たちにより楊国忠が殺害され、また楊貴妃も玄宗により殺されることとなった。