今日の十和田は、午前中は良く晴れましたが、午後は雲が多くなり、気温は3℃台までしか上がりませんでした。

 

今日は、あの、”東日本大震災”のあった日です。県内でも、八戸市中心に、鎮魂の追悼式や、避難訓練が行われています。

 

私の”3.11”当日は、再雇用期間で、当日は休み。午後、買い物に行って、家に帰り着いて、車を車庫に入れようとしたときでした。

 

こんな状態の時に、大きな揺れが来て、運転席で、動けなかったことを思い出します。

 

車はスプリングが効いているので、なおさら、揺れを大きく感じたのかなと思います。

 

当時、十和田市では、古い建物のコンクリート壁がはがれ落ちたりした程度で、震度5弱の割に、被害はありませんでした。

 

ただ、直後から、翌日深夜までの停電で、まだ寒い時期でしたから、ファンヒーターが使えず、困りました。

 

そこで、以前、単身赴任中に使っていた、古い反射式ストーブを取り出し、暖をとることが出来ました。

 

あとは、ガソリン不足が2週間以上続き、家族に通院者がいて、心配することがありました。

 

こうやって思い返すと、この時も大変でしたが、揺れは、今から22年以上前の、”三陸はるか沖地震”の時も大きかったです。

 

あれは、平成6年12月28日で、我が家が新築して、23日に入居して、5日目です。我が家では、二階で、タンスが倒れました。

 

外に出てみると、家全体が揺れているのが分かって、”新築なのに、壊れるのか。”と思ったことを思い出します。

 

東日本大震災から丸6年。いまだに、行方不明の方が2500人以上いらっしゃるんですね。

 

報道を見るだけの情報ですが、まだ、復興の遅れが伝えられています。

 

とにかく、忘れないことが大事だと思います。言い伝えていくことで、今後の被害が防げることもあると思います。

 

忘れられるといえば、三陸はるか沖地震の時、10日後に、あの、”阪神淡路大震災”が起き、三陸はるか沖地震は、多くの人から、記憶が飛んでしまっているでしょう。

 

あの時も、募金などの話が出始めていましたが、それどころでなくなってしまいましたから・・・。

 

でも、この22年前の経験があったから、タンスの固定など、対策のおかげで、被害が少なかったのかも・・・。