日が暮れると、提灯に明かりが灯る京都・島原の出入り口となっていた大門(京都市下京区)江戸時代にタイムスリップしたような錯覚に陥り、世之介が大門をくぐっていく場面が見えるようだ
〔フォト〕世之介はこんな船で女護の島に渡ったのか…
世之介とはもちろん、井原西鶴(1642~93年)の『好色一代男』の主人公7歳から60歳までの世之介の性愛を描いたこの作品文学史上初めて、同時代の風俗を活写したとされる小説で、後世に大きな影響を与えた
島原が今の場所に移ってきたのは寛永18(1641)年その出入り口の大門現在のものは慶応3(1867)年に建てられ、昭和61年に京都市の有形文化財に登録された
父親が死に、全財産を譲り渡された世之介は江戸の吉原をはじめ、全国の遊郭を渡り歩き、ここ島原にも足しげく通うことになる
《たはぶれし女三千七百四十二人、少人のもてあそび七百二十五人》それにしても、世之介の好色生活の数字には驚かされてしまう
■「女護の島」へ船出…消息絶つ
当時、各地の遊里の様子を案内する「評判記」と呼ばれるものが多く発行されていた『好色一代男』はそのスタイルを踏襲しながら、数々の物語をちりばめ、深みを作り出すことで一流の文学に昇華させた
世之介、44歳のときのエピソードたいこ持ちとその女房が世之介の自宅へうかがうと、血で書いた起請文など「心中箱」の中身の虫干し中
心中とは愛情の誠実さの意味で、女郎から贈られた髪の毛や指、爪、起請文などを入れておく箱を「心中箱」といった
世之介の部屋の壁には女に切らせた黒髪、棚には肉の付いた女の爪が数知れず中に生き物のように動く髪があるのでたずねると、「藤浪太夫の髪」と世之介
藤浪はすでにほかの男に身請けされているが、「世之介様を好きなままで今の男といても意味がない」と、男と縁を切って、出家してしまう遊女列伝の側面もこの作品にはあるが、特にこのエピソードなど、血の起請文や切った黒髪など「死」のにおいが濃い
他にも島原の三笠太夫、京・石垣町の鯉屋のカフェの長時間の利用はお断り―――こんな報道をきっかけに、ネットで大論争が巻き起こっている喫茶店やカフェで勉強などをして長居するのに否定的な人と、容認する人との間でホットな意見が戦わされているのだ
店のほうでも、席に座っているお客と待っているお客の両方に公平に対応するため、四苦八苦しているようだ
■「空間を提供するのをやめるのならじゃあ何を売るつもりなの」
京都新聞は2013年2月22日、「長時間の自習やPC利用お断り 京の大手コーヒー店で増加」との見出しの記事を掲載した京都市内の大手コーヒーショップで、長居されると他の客が入店できないため、長時間の自習やパソコン利用を控えるよう呼びかける店が増えているという内容だった
これは、京都に限ったものではなく、東京はじめ全国である話のようだ記者も「混雑時のご利用は1時間までとさせていただきます」といった掲示を、都内の駅や人の密集するエリアに位置する大手コーヒーショップで見たことがある
こうしたことを受け、ツイッターや2ちゃんねるなどで、カフェでの長居について議論が巻き起こっている「たった1杯のコーヒーで粘るな、店に迷惑だから飲み終わったら席を譲れ」という長居否定派と、「コーヒー代のほかに場所代も払っているのだから」などとする容認派で、意見が真っ二つに割れているのだ
「飲食店を占拠して長時間勉強に使うとか自己中にも程がある」
「混んできたら店出るぐらいの配慮がないと、自分の好きな店が無くなるぞ」
「えっ、空間を提供するのをやめるのならじゃあ何を売るつもりなのまさかコーヒーを売って商売にしようっていうの」
「急に注意されるのはなんだかなという感じそういう規則はないし店員の命令と独断だからな従う必要はない」
また、「お店の格って関係あると思うから学生気に入らないて人は値段の高いとこ行けよって思う」という人もいるまん、醍醐の山の尼…そこには現代人も驚くような死を賭した男女の性愛が、皮膚感たっぷり描かれている
西鶴研究で知られる名古屋大学の塩村耕教授もこの作品の背後に「死」のイメージを見るという塩村教授は、「西鶴の好色物は『死』の主題が通奏低音のように響いていることが文学としての価値を決定づけている西鶴は俳諧の先生をしていた34歳のときに妻を亡くし、その後、3人の子も全員死んでしまったこの経験から死について考えることが多かったのではないか」と説明する
物語の最後、世之介は「好色丸」という船をつくらせ、女性ばかりが住むという幻の「女護の島」に向かって船出し、行方知れずになる
来月10日で閉館になる「なにわの海の時空館」(大阪市住之江区)に復元・展示してある「菱垣廻船」の浪華丸西鶴と同時代の江戸時代に大坂と江戸を行き来した船だ当時描かれた木版挿絵にも同じような帆船が載っているこの船に乗って世之介が旅立つ姿が、ふと瞼に浮かんできた(袖中陽一)
■井原西鶴(いはら・さいかく) 大坂・難波生まれ15歳ごろから俳諧を学び、21歳ごろ、俳諧の宗匠に句をつくる数を競う「矢数俳諧」を得意とした天和2(1682)年、41歳のとき、『好色一代男』を出版し、好評を得る
〔フォト〕世之介はこんな船で女護の島に渡ったのか…
世之介とはもちろん、井原西鶴(1642~93年)の『好色一代男』の主人公グッチサングラス
〔フォト〕世之介はこんな船で女護の島に渡ったのか…
世之介とはもちろん、井原西鶴(1642~93年)の『好色一代男』の主人公fendi サングラス2013
〔フォト〕世之介はこんな船で女護の島に渡ったのか…
世之介とはもちろん、井原西鶴(1642~93年)の『好色一代男』の主人公iPhone 4s