播州赤穂フィルムコミッション -Banshu Ako Film Commission -138ページ目

義士学習、

ブログを読み返すと、


早かごまで… 討ち入りまでまだまだ遠い~


大丈夫ですか?合格するの?


と、


遠いところで聞こえるような気がしますが、


大丈夫です。


勉強は討ち入り手前までいっていますので。


円山会議。ってフレーズも知っています。


しかし、


昨日、Kど君が、教科書借りていました。


今~~~


ちなみに、


合格点は100点中、80点です。


きっ、びしーーー。(ちと古い…)

天守閣 建造中!

本日より、天守閣、建造中!です。


今年はでかい。今日は2階まででしたが、なんせ太い!でっかいです。憧れの5層ですから…


現場監督は毎度、僕らの会長です。


生実況あり 会長ブログ  でどうぞ。


赤穂城内にレッカーのブームが天高く、立っています。


怪我に重々注意して…


夢の5層天守閣、もうすぐです。

47 Ronin 継続中(でよかった…)

ある記事を発見!


[シネマトゥデイ映画ニュース]キアヌ・リーヴス主演『忠臣蔵』リメイク版の監督が決定!


約1年ぶりの記事の更新。よかった。


城西小のみんな、映画はありますよ!

(でも手紙送ってくれた子たちは当時、5・6年生だったので、来年の4月でみんな中学生…)


でもでもよかったです。


さあ、送ってくれた13人の生徒たち!英語の勉強を!

(ちと、早いか…)

「最後のJC」

本日より、映画「最後の忠臣蔵」のエキストラ募集をしています。


場所は京都ですが… 詳しくは 赤穂民報社の記事  を参考にして下さい。


自分ごとですが、本日、


JCメンバーのK君の工場のガラスの割替があり、高所だったので、メンバーのK君にスカイマスターを手配してもらい、操作を資格を持っているメンバーの塗装屋さんのK君にお願いしました。(K・K・K君、フィーバーですね)


という感じでいつも公私共にメンバーに助けてもらっています。


でも本日11/21、40歳の誕生日となってしまい、この12月でJCは卒業となってしまいました。


何か、寂しい…


残り最後1ヶ月強、


忠臣蔵検定・例会・義士祭・忘年会…


今年の義士祭は担当の委員会の頑張りで、盛りだくさん。


幻の天守閣出現!5層、過去最大の天守閣イルミネーション。


その周りに90基の義士灯篭。


13日には赤穂中の小学生に募集をかけた義士オリエンテーリング、


夜には1000杯用意したニラソバ雑炊。


メンバーみんなはその準備に大忙し!


電飾チェック、お城の窓枠、しゃちほこ作り。


学校への案内、ニラソバの食材打合せ…


そんな今年、最後のJC。


精一杯、お手伝いしたいと思います。


でも、みんな体だけには気をつけてね。。。

BALLAD 名もなき恋のうた 最終日

本日でBALLAD 名もなき恋のうた 最終日となります。(プラット赤穂シネマでは…)


11週、2ヶ月以上の上映、ありがとうございました。


今日は仕事の都合上、行けないので、昨日のレイトで観納めしてきました。


結果、4回しか行けませんでしたが、まだまだ新鮮でした。


エンドロールが流れる間、終わりかー とちょっと寂しい思いになり…


本日、14:00が最終となります。


まだの方、前売持っている方、ぜひぜひよろしくお願い致します。


そして、


ありがとうございました。

ちょっとまち歩き

本日は少し雨ですが、


ご飯いくのに、歩く?走ってみました。


赤穂の駅前通りは赤穂義士一色までいきませんが、


義士祭の、のぼりが立ち並んでいます。


最近、少し疑問に思うことに


街灯がとんでもなく伸びてしまったことです。


街灯って、電信棒と同じ高さぐらいでしょ?


それが駅前の通りの街灯が3倍程伸びています。


なんで?なんで?


今まで充分な程あった駅前通りの街灯にプラスとんでもなく、高い街灯。


とっても高いので、光も強くしないといけない…(電気代が…)


駅から赤穂のお城に向かって写真撮るのも邪魔…


駅からお城までの通りは


“平成の城下町”をイメージして、まちを作りました。。。


と、市の未来創造委員会に出席した時、聞きました。


城下町?平成の?


で、街灯が伸びたの?


???


なんか、言い訳で言われそうです。。。


伸ばすことによって、広く照らすことによって、防犯対策となります。


そんな税金の使い方、


一部の損益、


で、赤穂に訪れるお客さんのがっかり感、


そんな通りが赤穂にはあります。(全て個人的な意見ですが…)


だから、


赤穂で、忠臣蔵関係の映像が撮れないんでしょうね。(それはFC的な意見ですが…)


義士祭前にこんなこと書いて、ごめんなさい。。。

早かご

内匠頭の切腹にという中で、赤穂への使者が次々と出発した。


第1報は14日午後5時前、早水藤左衛門(はやみとうざえもん)、萱野三平(かやのさんぺい)が急使として出発。


14日殿様が江戸城中において、吉良とけんかされ、田村右京大夫様へお預けとなったこと。


札座(藩札の発行所)のことよろしく手配すること。


第2報は足軽飛脚で弟の浅野大学長広から


江戸屋敷のほか城下においても騒ぎを起こさないように。と老中の指示を伝える手紙。


第3報は14日夜、原惣右衛門(はらそうえもん)、大石瀬左衛門(おおいしせざえもん)。


内匠頭の従兄の戸田采女正氏定(とだうねめのしょううじさだ)(美濃国大垣藩主)、浅野美濃守長恒(若狭野陣屋旗本)、浅野大学の連名の手紙で、


14日暮れに殿様が切腹されたことを告げる。


その後、15日午前4時、浅野内匠頭の奥方(阿久里のちに瑤泉院(ようぜいいん)という)が実家の浅野土佐守長澄からの迎えで引き取られていった。


15日午後4時には、浅野大学が閉門の申し立てを受ける。第4便の飛脚便がそれを知らせた。


18日には浅野家が将軍家よりいただいていた朱印状などを返し、


それぞれの屋敷、


鉄砲洲(てっぽうず)の上屋敷、赤坂の下屋敷、本所の下屋敷を引き渡した。


事件を知らせる第1報は3月19日午前6時頃、江戸~赤穂間約608kmを4日半で到着した。


~~~~~


この第1報の早かごが城下に入り水を飲んで一息ついたといわれた井戸。以来、息継ぎ井戸と呼ばれるようになりました。


場所は(僕らの子供の頃は兵庫信用金庫の前だったのですが、少し移転され)、みなと銀行の前の広場にあります。


つづく。

浅野内匠頭の切腹

風さそう花よりもなお我はまた 春の名残りをいかにとかせん




これは内匠頭の時世の句です。


結果、内匠頭は切腹に至るのですが、時の将軍徳川綱吉の裁定は


田村右京大夫建顕(たむらうきょうのだいふたけあき)にお預けのうえ、その身切腹を申しつける。


対して、上野介は二人の医師に治療を申しつけるので十分大切に保養せよ。


と片落ちのお仕置きだった。


その裁定に対し、多門ら目付が異議を申し立てたが、受け入れられなかった。


午後4時頃、内匠頭は田村下屋敷に着いた。その後、大検使の大目付、庄田下総守、副使、多門伝八郎らが着いた。


庄田の指示で準備された切腹の場を見た多門らは


藩主である内匠頭を庭先でさせるとはいかがなものか。座敷でさせるべきである。


と申し立てたが、結果そのままとなった。その後、この処置の為、大目付を免職となる。


そのようなやりとりの中、片岡源五右衛門(かたおかげんごえもん)が最期のお別れを申し出る。


庄田は何も回答を出さなかったが、多門が


浅野が大書院を出て、切腹の申し渡しを読み聞かされている間、刀を持たせずに一目会わせてやればいい。


こうして、片岡源五右衛門は言葉交わすことは出来なかったが、主君を見て、最期の別れをすることができたという。


午後6時すぎ、浅野内匠頭は時世の句を残し、切腹。


浅野内匠頭長矩35歳の生涯でありました。


つづく。

シアターリスト

BALLAD 名もなき恋のうた の公式HPの中の上映劇場一覧を見たら、


1・2・3… 残り14館。


寂しくなってきました。もう終わりなんだなあ~


でも、


この赤穂の映画館、


プラット赤穂シネマはその中に残っています!


11週目突入!来週の20日まで。


O理事の心意気に感謝です。

刃傷(にんじょう)事件

今月29日、義士検定があります。


今日はそれに向けての勉強会。講師は当然のごとく、Y会長(直前)です。


プレ試験があったのですが、結果は散々。。。59点。不合格。


やばい。


今日から勉強します。


ということで、メモのようにブログ更新していきます。


本日は第1回刃傷事件です。


松之廊下での刃傷事件。元禄14年3月14日のことです。


播磨国(はりまのくに)赤穂藩(5万石)主、浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみ)が勅使御馳走役を命じられた。


その指示役として、高家(こうけ)筆頭、吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)が当たった。


「梶川氏日記」によれば、


午前11時頃、松之廊下入口付近で、大奥御留守居番の梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)は浅野内匠頭を呼んでもらい、話し、上野介が見えたので、出向き、一言二言を話をした時、


“この間の遺恨覚えたるか。”と浅野内匠頭が上野介を振り向いたところ、額を切りつけた。逃げるところを背中を切りつけ、その後、梶川に抑えられた。


その後の経過は「多門伝八郎覚書」によれば、


目付の多門伝八郎(おかどでんぱちろう)らが来て、その後、双方の取り調べとなる。


内匠頭の取り調べは多門伝八郎ともう一人の目付が当たり、


“前々からの恨みにより、前後を忘れてしたことである。”


一方、上野介は“何の恨みをうける覚えがなく、浅野の乱心とみえる。”


その報告を老中から側用人柳沢出羽守保明(やなぎさわでわのかみやすあきら)に伝えられた。


~~~~~


ここで謎が… 何の恨みで?


というか、これを打ちながら、理解しながら、約1時間。


覚えたことは多門と書いて、おかど。


筋が通った人物だと分かるのは、後ほど。


つづく。


かな?