恋はつづくよどこまでも二次創作小説【NYランデブー:第8話.八月の好敵手】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【NYランデブー:第8話.八月の好敵手】


天堂浬はいち早く白浜杏里の心臓移植のレポート作成に取り掛かった。前回行われた記者会見での資料はあるが、ハドソン記念病院に勤務する小児科医シンシアに渡すレポートは、もっと綿密なものに仕上げたかった。その上、それだけでは済まなくなった。心臓移植後に起こった白浜杏里の人格の変化と才能の覚醒である。それは循環器内科の領域から心療内科へと移行していた。彼女自身が児童思春期外来の受診を申し出て、証明したという事実。それが何を物語っているのか、今はまだスタートラインにも立っていない。

浬(かいり)は徐(おもむろ)にページを捲(めく)る手を止めた。何かが引っ掛かる。小児科医のシンシアが心臓移植をした杏里のレポートを見たいと言ってきたのは、七瀬のスウェーデン行きの航空券をビジネスクラスに変更したいと申し出た経緯の中での繋がりだと思っていた。むしろ代償ならそれにこしたことはない。姉の流子からシンシアへ、そして彼女の親友である国際的M&Aのルキアへと、事は淀(よど)みなくスムーズに運び、初めての海外渡航の七瀬は、世界中を飛び回る手慣れた M & A の父娘と並びのシートを取るに至った。確かにビジネスクラスへのチケット変更を依頼したのは自分だが、こんなにもスムーズに取れるものなのだろうか。スウェーデン航空ではなくフィンランド航空で乗り換えて、というのは本当に俺が最初から頼んだことだったのか。調べはした。確かに便利だと目にした。でもそれは急な変更で、姉の流子から次々に繋がり、あっという間に自分の手元に届いた。

浬は口唇を結んだまま、手にしたペンをノックした。
『早すぎはしないか』
今まで七瀬の旅立ちの安全に気を取られていて見落としていた。シンシアの親友とはいえ、国際的M&Aのビジネスマン父娘は自分とも七瀬とも違う世界で生きている。一面識もない相手の彼女のために、それも並びのシートを確保するというのは、出来すぎている。国際的M&Aと言われるほどなのだから、厳しいビジネスの駆け引きをこなしてきたはずだ。見返りを求めないにせよ、何がシン父娘をビジネスクラス取得へ動かしたのだろう。

浬は目を閉じると思いを巡らせた。ルキアは何と言っていた。ゆっくりと反芻(はんすう)してみる。
『七瀬がスウェーデンに行く、スウェーデンに…スウェーデンに看護留学。M&Aのシン父娘はちょうどスウェーデンに仕事に向かった。何処から…』
ハッとした浬(かいり)はもう一度ペンをノックした。
『シン父娘は七瀬と共に成田から搭乗した』
つまり二人は日本にいたことになる。姉の流子はニューヨークのシンシアに依頼し、シンシアは親友のシン・ルキアに話を持ち掛けた。父と娘、シン・ドンヒョクとルキアの二人はニューヨークにいたとばかり思っていたが、日本での打ち合わせがあったのではないか。そして言っていたように、ちょうどスウェーデンに仕事があり向かうことになった。それでも急にビジネスクラスの並びのシートを追加して取るとなると容易ではない。
『容易に取れる人物なら別だが』
そういう人物は、むしろ彼らの顧客の方だろう。ルキアの父親はかつて冷徹なまでにホテルのM&Aを得意としていた。国際的ホテル事業、そういえば最近、日本の大企業がヨーロッパでリゾートホテルを展開するとニュースになった。あれは…
『まさか』
浬の脳裏に一人の人物が浮かんできた。

検索は直ぐにヒットした。そこには上条財閥の御曹司 上条周志(ちかし)と国際的M&Aのシン父娘が笑顔で握手する姿と記事が載っていた。見出しには『スウェーデンのホテル買収、大々的なリゾート計画』

入院した上条周志は天堂浬が担当し、七瀬を専属にしたり、天堂を暴行容疑で訴訟を起こそうとしたりと、敵対視してきた人物だった。あの時はちょうど杏里ちゃんの心臓移植の手術と重なっていた。好き勝手な振る舞いには、それなりの理由もあったのだが。結局、七瀬が日浦総合病院を去り、上条は訴訟を取り下げ、杏里ちゃんの心臓移植の手術は無事行うことが出来た。

シン父娘の顧客は上条財閥、上条周志だ。それも七瀬が向かったスウェーデンで展開される。ビジネスクラスのチケットを確保したのは上条周志だ。そして同乗しなかったとはいえ、いずれ彼はスウェーデンに向かうだろう。いや、もう行っているのではないか。何故なら七瀬はスウェーデンからニューヨークへと移動するから。上条財閥グループの情報網を使えば、その理由は直ぐに分かるだろう。ただ、杏里ちゃんと七瀬が滞在するセウングループの会長宅には、いくら上条周志といえども、強引には踏み込めないだろう。

浬は足を組むと硬い表情でペンのノックを繰り返した。
「スウェーデンで七瀬と会ったのかと確かめるべきか」
暫(しば)しの沈黙の後、浬は人の気配に気付き、顔を向けた。立っていたのは上条周志だった。彼はフッと口元に笑みを浮かべると軽く会釈をした。
「天堂先生、お久しぶりです」
「上条さん…」
「七瀬ちゃんのビジネスクラスを取ったのは僕だ。スウェーデンにも行ってきた」
「七瀬はそんなことは一言も言っていません」
「そうか、言っていないの。ふうん」
その後に続く言葉を探ってはならない。
「七瀬は看護留学ですから、遊んでいる暇はないかと」
「でもかつて担当した患者だったら、その後の経過を真剣に聞いてくれると思うよ」
「そういうことなら僕が聞きましょう」
「順調だよ。そう言ったら七瀬ちゃんは喜ぶだろう。その顔の方が見たい」

上条周志はディスクの端を指でなぞりながら、ゆっくりと浬の正面にやって来た。
「天堂先生が担当で七瀬ちゃんが気に掛けていた患者、僕以外でもう一人いたよね」
「他の患者さんについては話せません」
「白浜杏里ちゃん」
浬は応えなかった。
「心臓移植した子だ。執刀したのは天堂先生。手術は成功した。心臓移植しなければあと七ヶ月、今頃は生きていなかった」
「上条さん、そういうことは止めていただけませんか」
「天堂先生、一つ答えていただきたいことがある」
「幾ら聞かれてもお応え出来ません」
「僕に関わることでもある」
上条周志は身を乗り出すと浬と視線を合わせた。
「心臓移植した心臓、誰だったか知ってる?」
「いいえ」
「僕は知ってるよ」
浬は顔を強(こわ)ばらせた。
「あなたの力を使ってですか。何のためにそんな事を」
「そうじゃない。僕に関わることだと言っただろう」
上条周志の口から思いもよらぬ言葉が発せられた。
「移植された心臓は上条葉月、僕の従兄妹だ」

僅(わず)かな沈黙が流れた。
「知っていたのですか」
「いいや、僕には伏せられていた」
彼は頬杖を解くと身体を起こし横を向いた。
「15歳だった。不慮の事故だって?ピアノコンクールの本選に向かっていた。脳死と判定され、ピアノを弾くはずの指も全て折れていた。そんな酷(むご)い話があるか」
上条周志は口唇を噛んだ。
「ジュリアード音楽院を目指していたんだ。葉月にはそれに値する技術と才能があった」
懐かしむような表情と口調は親しさを物語っている。
「あいつ、いつも飛ぶように軽やかに走るから、日頃から気をつけろって言ってたんだ。そんな時も笑いながらピアノ曲をハミングしてた。永遠のお兄さん、なんて言って僕の機嫌を取るんだ」
「口癖だったのですか」
「何が」
「永遠の」
「葉月なら天堂先生のことを、永遠の主治医と呼びそうだな」
浬は目を閉じた。精一杯、今はその言葉を覚(さと)られたくない。
「上条さんが入院中に葉月さんはお見舞いに来たことは」
「ないよ、それならピアノを弾いてる。病院じゃ、ピアノは弾けないだろう」
「ピアノを常設している病院も有るには有ります。例えばハドソン記念病院のサロンとか」
「ニューヨークか。ジュリアード音楽院もある」
浬は首を横に振ると戒(いまし)めるように言った。
「杏里ちゃんは葉月さんではありません。決して伝えないでください」
「法律で決まってるの?」
「上条さん」
「アメリカに行ったら日本の法律、通用しないんじゃないの」
「杏里ちゃんの人生です」
「僕はやりたいようにやるよ。誰の指図も受けない」
上条周志は壁に掛かったカレンダーに目を向けた。
「渡米は八月なんだって?葉月の季節だ」
「杏里ちゃんに勝手な接触はしないでいただきたい」
「だから七瀬ちゃんを専属看護につけたの。狡(ずる)いな、こっちは僕一人だ」
浬は口をつぐんだ。
「永遠のお兄さんと永遠の主治医。好敵手ということで、いいんじゃないか」
上条周志は帰り際、独り言のように呟(つぶや)いた。
「葉月の弾くショパンのエチュード、今でも もう一度聴きたいと思うんだよ」


第9話.白夜のラブコール
第7話.不思議の国の杏里

風月☆雪音