改:第721話.パンドラの箱【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第721話.パンドラの箱

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

ヨングクの動物病院での食事会は和やかに過ぎていった。いつもは悪酔いするジンスクも、今日は絡みもせず静かに談笑していた。
「ヨングク、飲んで」
「注がなくていい。飲みたい時に飲むから」
「具合でも悪いの?それとも飲み過ぎた?」
「いや、子犬がいるだろう。安定しているが心配だからな」
「じゃあ、私も飲むのやめる」
「珍しい事もあるもんだ。雪でも降るんじゃないのか」
「もう降ってるわよ」
「なるほど、さすが大魔神だ」
「もう~人を飲んだくれみたいに」
ヨングクはからかうようにジンスクの腕を突ついた。
「飲んだくれをおんぶするのは重くて大変なんだからな」
「じゃあ、帰らない」
「帰らないって…まさか一晩中一緒にいると言うんじゃないだろうな」
「そのつもりだけど」
ヨングクは途端に焦りだした。
「な、何考えているんだ」
「何って、ヨングクがいつも思っているイヤらしいことじゃないからね」
「お、お前、何て事を。俺がいつ…」
慌てるヨングクを前にジュンサンとユジンはクスクス笑いながら二人の様子を窺(うかが)っていた。
「ジュンサン、男なら考えるよな」
「よく聞いていなかった」
「ク~ッ、皆で俺をからかいやがって」
泣き真似をするヨングクにジンスクは慰めるように肩を叩いた。
「私が一緒にいるから」
「ダメだ、帰れ。何のために俺がここに残ったか分かるだろう」
「でも私も子犬が心配だし」
「俺一人で子犬と酔っ払いの両方見るのは無理だ」
「そんな事ないって。ほら、全然酔ってない」
ヨングクは立ち上がったジンスクの足元を見た。
「ふらついているじゃないか」
「たまたまよ」
「じゃあ、片足で立ってみろ」
「いいわよ。ユジンも見ていて」
ジンスクは得意げに片足を上げたが直ぐに足を付いた。
「ほら見ろ」
「違うもん。私、バランスが悪いから普段でも片足で立つのは苦手なんだもん」
「今さら可愛い子ぶるな」
「酷い、ヨングク。私、帰る」
「あぁ、とっとと帰れ」

ムキになった二人は背中を向けた。見かねたユジンはベソをかくジンスクを抱き寄せた。
「ヨングク、そんなに言わなくたって。ジンスクも泣きながら帰るなんてやめた方がいいわ」
「ユジン~」
「ちょっと待て」

ヨングクはジンスクを押し退けると子犬に目を凝らした。
「どうしてそんなに鳴いているんだ」
「震えているわ」
「寒いのかしら」
ヨングクはそっと子犬を抱き上げた。
「苦しいのか?違うな。そうか、寂しくなったか」
ヨングクは子犬を毛布にくるむと懐(ふところ)に入れた。
「一人にして悪かったな。どれ、子守唄を歌ってやろう」

ヨングクは子犬をあやすと大声で歌い始めた。
「♪ピネリヌン、ホナムソン。ナメンヨルチャエ~(雨が降る湖南線、南行列車ヘ)」
「子犬に『南行列車』(ナメンヨルチャ)歌ってどうするのよ」
「おかしいか?」
目が合ったジュンサンは笑いながら否定した。
「いける。ユジンよりマシだ」
「ユジン、ジュンサンの前で歌ったの?」
「スキー場で業者と宴会の時にね。盛り上げるためだったら」
「下手だったなぁ。放送部なのに」
「何よ~」
「まぁ、振り付けは上手かったけど」
ジュンサンはニヤリとした。
「物真似やダンスは昔から得意だものね。放送室でも…」
「ちょっと、ジュンサン」
彼の口を押さえてからユジンは気がついた。
「あの時のこと、思い出したの」
「あぁ」
ユジンは涙ぐむとそっとジュンサンを抱きしめた。

そんな二人を見てヨングクとジンスクは静かに歌い出した。
「♪雨は流れる、私の涙も流れる。失った初恋も流れる。ポツンポツンとわずかな記憶の中で、あの日会ったあの人。無口だったあの人…会えなくなっても忘れないでね。あなたを愛していたわ」

ヨングクとジンスクは子犬を抱いたまま、いつしか眠っていた。肩を寄せ合い穏やかな寝顔を見せる二人に、ジュンサンとユジンは顔を綻(ほころ)ばせた。
「喧嘩しているくせに仲がいいんだから」
「昔からこうだったの?」
「変わらないわ。ヨングクは他の女の人と付き合った事もあったけど、どの人とも上手く行かなかったみたい。ジンスクと話している時が一番楽しそう」
「ユジンはどうだった?」
「えっ?」
「高校時代の僕は寂しそうで自信無さげだったって」
「無口だし喧嘩ばっかりしてた」
「そんな僕を好きだったの?」
「えぇ、好きだったわ」
ジュンサンは嬉しそうに何度も頷(うなず)いた。

「ユジン、パンドラの箱って知ってる?」
「たくさんの災いが入っている箱ね」
「パンドラはギリシア神話に登場する人類最初の女性だ。彼女が開けたのが災の全てを封じていたパンドラの箱だ。黄金の箱には病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなど、この世のあらゆる悪と災いが閉じ込められていていたんだ。パンドラは『決して開けてはならない』と言われていたその箱を開けた」
「どうして開けたのかしら」
「中にはきっと素晴らしい宝物が入っていると思ったからだよ。パンドラは夫にその箱を開けさせた。箱の中からあらゆる悪と災いが人間界に飛び散ってしまった」
「止める事は出来なかったのかしら」
「もう手遅れだった。夫が慌てて蓋(ふた)を閉めると中から弱々しい声が聞こえた。『私も外へ出してください』パンドラは尋ねた。『あなたは誰?』小さな声は答えた。『私は希望です』

箱を作ったプロメテウスは、唯一『希望』だけを箱に忍ばせておいた。だから人間は、どんなに酷い目にあっても、希望を持つ様になったんだ」
ユジンは言った。
「私はパンドラじゃないわ」
「分かってる。解き放ったのは僕かも知れない」
ユジンはジュンサンを見つめた。
「あなたが箱から出したのは希望よ。そうでしょう。私はそう信じている」

もう直ぐ夜明けだ。冷たい雪の夜が明ける。

参考:キム・スヒ『南行列車』

次回:第722話.チェリンのドレス

(風月)