改:第692話.パリでの面影【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

風月庵~着物でランチとワインと物語

毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

第692話.パリでの面影

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

グランドール文芸賞の会場にはテオも駆けつけていた。サングラスから眼鏡に掛け替えたミニョンはテオと久しぶりの対面を果たした。
「アスティ」
「やぁ、テオ」
「ようこそ、パリへ。待っていたよ」
「随分と背が伸びたね」
「アスティも」
「僕も?」
「うん、アスティも大きくなった。足が長くてカッコイイ」
「それはどうもありがとう」
見上げるテオは隣に立つフローラへ視線を移した。
「タルト?」
「そうよ」
フローラはしゃがみ込むとテオと視線を合わせた。
「元気そうね。調子はどう?」
「もう熱も出ないし外でも遊べる」
「無理をしないようにね」
コクリと頷(うなず)いたテオはドキドキする胸を押さえた。
「あの、ええと…凄く綺麗です」
「えっ?」
「タルトは僕が入院していた時より、もっと綺麗になってる」
「あぁ、うん。ありがとう」
テオは恥じらいながら花束を差し出した。
「僕、こんな綺麗な小児科のお医者さん、初めて見ました。大好きです」
テオの可愛い告白に気を利かせたミニョンはウインクをすると、そっとその場を離れた。

初恋の人にときめく少年の姿は何とも愛らしく、そして美しい。彼は大人になっても本と共に訪れた初めての恋を忘れる事はないだろう。窓の下に目をやれば本を抱えた子供たちが列をなして並んでいる。増刷した本を手に入れた子供たちと、初版本を胸に抱いた子供たちが、アスティとタルトに会いたくて首を長くして待っている。グランドール文芸賞もさることながら、僕らはこのためにやって来た。
「行こうか、タルト」
「えぇ、行きましょう。アスティ」
ピタリと息が合う二人の姿に、テオの胸は切なく疼(うず)いた。

一階のサイン会場にミニョンとフローラが現れると、子供たちから大きな歓声が上がった。
「アスティ、アスティでしょう!」
「わぁ~タルト、綺麗」
「こんにちは、みんな元気だったかい」
「こんにちは、会えて嬉しいわ」
にこやかにフランス語で挨拶する二人に子供たちから声が掛かった。
「アスティとタルトはフランス語を話せるの?」
「今日はフランス語でお喋りしよう」
「わぁ~やったぁ」
「それではサイン会を始めます」
進行係の声にミニョンは待ったをかけた。
「せっかくだから少しお喋りしよう。アスティとタルトは皆の声を聞きたい」
パチパチと拍手が起こり、子供たちから次々に質問が飛んだ。
「アスティとタルトは何処から来たの?」
「遠い星から?」
「アスティとタルトはいつも君たちのそばにいるよ。庭の葉っぱの陰とか靴の中とか、食器棚の隅とか」
「冷蔵庫にはいないよね」
「寒いから凍えてしまうよ」
「でもアスティなら氷でスケートしそうだよ」
「帽子と手袋があれば大丈夫さ」
「私、ママンに頼んでタルトのマフラー編んであげる」
「きっと二人も喜ぶよ」
「今、アスティとタルトは何処にいるの」
「ここに来てるかも」
「わぁ~」
「どこかなぁ」
子供たちはキョロキョロと辺りを見回した。中にはポケットを裏返したり靴を脱いで逆さまにする子もいて、会場は可愛い仕草でいっぱいになった。

そのうちじゃれ合いが始まり、ふざけた兄の手が弟の鼻に当たった。
「あっ!」
「痛いよ、お兄ちゃん」
「わぁ、鼻血だ」
触った指が赤くなり弟は痛さと驚きで泣き出した。
「ふぇ~ん」
すかさず駆け寄ったフローラは男の子の鼻を押さえた。
「大丈夫よ、泣かないで。お兄ちゃんはここを押さえて」
「うん」
「こうしていれば直ぐに止まるから」
フローラは二人に優しい眼差しを向けた。
「私は子供たちのお医者さんなの。だから安心して」
「タルトってお医者さんなんだ」
「アスティは?」
「大学生よ。いつもたくさん勉強してる」
「僕も弟の勉強をみてあげるよ」
「お兄ちゃん」
「大丈夫だからな。お兄ちゃんがついてる」
ミニョンはフローラにそっと耳打ちをした。
「僕とジュンサンみたいだ」

フローラに言われて止血のためのコットンを取りに背を向けたミニョンは、聞き覚えのある名前を耳にした。それは韓国語だった。
「チェリン、ちょっと僕の本持ってて」
「何をするの」
「この子の本に鼻血が付いたから拭いてあげるんだ」
ジュノはミニョンの元へ駆け寄ると背中を叩いた。
「お水を下さい」
「ジュノ、ミネラルウォーターって言って」
ミニョンはさっとボトルを受け取るとジュノへ手渡した。
「あれ?…ジュンサンお兄ちゃん」
シーッと口唇に手を当てるとミニョンは眼鏡をサングラスに掛け変えた。
「僕はジュンサンじゃない」
「あぁ、うん。ごめんなさい」
「でもジュンサンを知っている」
「ホント?」
「ジュンサンはニューヨークで元気でいるから」
「アスティ」
「約束して欲しいんだ。チェリンにはジュンサンの事は絶対に言わないでくれないか」
ジュノはコクリと頷(うなず)いた。
「分かった。僕、ジュンサンお兄ちゃんのお母さんとも約束したんだ。絶対に話さないよ」
「ありがとう」
ミニョンは二冊の本を開くとサインをし名前を入れた。
「これはジュノへ。これはお姉さんへ渡して」
「じゃあ、僕の『アスティとタルト』、ヒジンへあげていいかな」
「ヒジンか」
「サインしてくれる?」

ジュノはチェリンへボトルを渡すと本を持ってきた。ミニョンはヒジンと共にユジンの名前も書き入れた。
「ありがとう、アスティ。さよなら、タルト」
チェリンは最後までミニョンに気づかなかった。
「懐かしいな」
「チェリンよね」
「綺麗になったな」
「私にも気づかなかったわ」
「君も綺麗になったから」
フランスへやって来たチェリンは子供の頃の夢だけは忘れていないように思えた。

次回:第693話.未完成プロポーズ

(風月)