改:第48話.名残の調べ【辻の美酒】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

第48話.名残の調べ

【辻の美酒『ヨンジュンのオフの過ごし方』】

何処かで雷が鳴っている。春雷は行きつ戻りつ、太鼓を叩いては仰々(ぎょうぎょう)しく桴(ばち)を振り上げる。ヨンジュンの腕の中で聞き耳を立てていたルナは思わず首を竦(すく)めた。
「怖い?」
「さっきからずっと鳴っているわ」
クスリと笑ったヨンジュンはルナを抱いた腕に力を込めた。
「ギュッとしていようか」
「うん」
ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く毎(ごと)に、愛しい妻を抱き寄せるのはちょっと嬉しい。
「また鳴った。ほらまた…今度は連続だ」
雷鳴はどんどん近づき、とうとう真上までやってきた。

ひんやりとした風が辺りに流れた瞬間、ドドーンと大きな地響きと共に閃光が走った。
「きゃあ」
胸にしがみつくルナに、さすがのヨンジュンも身を固くした。
「近くに落ちたのかな」
「大丈夫かしら」
太鼓の乱舞が四方に木霊(こだま)する。やがてポツポツと庭の葉を叩く音がすると、幾らも経たぬうちに雨が降り出した。

雨足は雷と共に強まり、白糸は絹を織りなすように木々の間をたなびいた。不思議なものでそうなると、怖いはずが美しい光景に心が踊る。雪見障子の間から様子を窺(うかが)っていたルナは思わず呟(つぶや)いた。
「綺麗…」
「おや、雷が怖かったんじゃないの?」
「誰かさんが抱っこしてくれたから」
そんな事を言われた上に甘える様な仕草で見つめられると、どうにも嬉しくて口元が緩んでしまう。あぁ~どうしよう。可愛くて堪(たま)らない。
「う~ん、ルナ。愛してる」
ヨンジュンはルナの前に口唇を突き出すとキスをせがんだ。音を立てない優しいキスでは物足りない。だからもう一度、僕にキスをして。

そんな事をしていたから忘れていたんだ。雷鳴と稲妻が同時に頭の上で弾け飛んだ。
「わぁ~!」
驚いたサランは目をを覚ますと大きな泣き声を上げた。
「パパ、パパ!」
「サラン、パパはここだよ」
また大きな雷鳴が轟(とどろ)き、サランはヨンジュンの腕にしがみついた。
「えぇ~ん」
「よしよし」
雨音の向こう、母屋からも微かに泣き声が聞こえる。
「桃花ちゃんも泣いているわ」
「怖いよぅ」
「パパが抱っこしてるから大丈夫だぞ」
ヨンジュンはルナとサランを両腕に抱えるとギュッと抱きしめた。

雷鳴が和音を重ね、稲妻が縦横無尽に走り回る。それでもどっしりと胡座(あぐら)をかいて二人を抱えるヨンジュンにはどうにも手が出ない。
『それではこれはどうだ』
暴れ者たちは隙間風を装い、離れの土間に侵入した。
『子犬がいるぞ』
『子犬じゃ、子犬じゃ』
ワサワサと音を立てて周囲を脅かすものだから、子犬のシュシュは堪(たま)らず鳴き声を上げた。
「怖いよ、助けて」
いち早く鳴き声を聞きつけたサランはピクリと身体を起こした。
「シュシュが鳴いてる」
「きっと怖いのよ」
ヨンジュンは頷(うなず)くと、サランを抱いたままシュシュの元へ足を運んだ。

ルナは震えるシュシュをそっと抱き上げた。
「大丈夫よ。家の中にいるから大丈夫だからね」
怯(おび)えた鳴き声を上げていたシュシュは、ルナに撫でられると徐々に落ち着きを取り戻した。ルナは片手でシュシュを抱いたままタオルでその身体を包み込んだ。ヨンジュンはその優しい手を思い出した。
「僕らが出会った時みたいだ」
あの時も寒さに震える子犬のウーフを、ルナは優しくタオルでくるんでいた。柔らかなタオルは母親の温かさを思い出す。シュシュはタオルを引っ張ったりかじったりしていたが、そのうち身体を丸めて大人しくタオルにくるまった。
「そうよ、眠って」
「明かりをつけておくからな」
ヨンジュンはそう言うとシュシュの姿が見えるように、少しばかり襖(ふすま)を開けておいた。

気のせいか雷は先ほどより大人しくなってきたようだ。空の上では雨と風と雷が後片付けをしながら会話に興じていた。
『さても(本当に)美しき女子(おなご)じゃ』
『あの稚児(ちご)のまろやかな頬を見たか』
『食いたいか』
『我はそなたのように野蛮ではないわ』
『食うたら嘸(さぞ)かし美味かろう』
『桃の如き頬じゃからのう』
『桃なら母屋におるであろうが』
三人は揃って首を振った。
『ならん、ならん』
『小野篁(たかむら)に怒られる』
雲の間からゴロゴロと同意の声が響いた。
『さても敵(かな)わぬ』
『あちらは小野篁』
『こちらは漢(おのこ)が女房と稚児をしっかりと抱えておるわ』
『眉目(みめ)麗しきあの男は、優男(やさおとこ)のようじゃが、さにあらず』
『断じて違うと言うておった』
『誰がじゃ』
『ハハハ~』
『おい、誰がそのような事を言うたのか』
『無粋な奴じゃ。そのようにゴロゴロと』
『たまには琴の音に耳を傾けてみぬか』
酒蔵の奥からポコリと弾ける音が聞こえた。
『あまり暴れ過ぎては酒にも花にもソッポを向かれるぞ』
『それでは酒にありつけぬ』
『あいや、退散じゃ、退散じゃ』

雨雲が雷を連れて遠く離れると、静かな雨上がりの夜が訪れた。月はまだ薄墨の雲の向こうに姿を隠している。部屋ではシュシュとサランが微かな寝息を立て始めた。ヨンジュンとルナはクスリと笑うと顔を見合わせた。
「雷も雨もお帰りになったね」
「えぇ」
「僕らがあんまり仲良しだから嫉妬したのかな」
「ヨンジュンったら」
二人は自分達の事を話していたとは夢にも思わない。
「月も薄明かりでちょうどいいな」
「何が?」
「こういうこと」
ヨンジュンは口唇を合わすとルナの衣を解いた。

滴(したた)る音は庭の水琴窟か。それとも愛しい人の甘い吐息か。京の夜は名残惜しく。絡まる指は熱を帯び、愛の調べは幾重にも重なる。
「あぁ…ルナ、綺麗だ」
「愛してるわ、ヨンジュン」
膝に抱き上げると月は二人の姿を隠す様に、薄墨の御簾(みす)を下ろした。

次回:第49話.回帰船

(風月)