改:第40話.カラコロ鈴々【辻の美酒】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

第40話.カラコロ鈴々

【辻の美酒『ヨンジュンのオフの過ごし方』】

甘味処で一服したヨンジュンはまた元気に歩き出した。その表情は遠足に行く子供の様にキラキラ輝いている。
「涼映さん、次は何処へ行くのですか」
「今度は古くからの伝統工芸品です。京錺(かざり)と言って金具に装飾を施す工房を訪ねます」
「わぁ~何だろう。楽しみだなぁ」
そう言って喜びながらもヨンジュンは皆を気遣った。
「皆さん、お疲れではないですか」
「私は大丈夫よ。お兄さんと一緒でワクワクしてる」
ウミと共に頷(うなず)いたヒロとハルも、どうやら初めてのようだ。サランと桃花も河原町界隈にある工房に辿(たど)り着くまで、ちょうど昼寝をして行ける。午後の穏やかな時間をゆっくりと過ごそう。

そうしてヨンジュンは町屋の風情が残る京錺(かざり)の工房へ足を踏み入れた。出迎えてくれたのは物静かな若い職人だった。
「いらっしゃい」
「隆史、元気か」
涼映に声を掛けられると岡島隆史は嬉しそうに頷(うなず)いた。
「元気だよ。でも人と話すのは何日ぶりだろう」
涼映は呆れたように笑うと彼の肩を叩いた。
「また何日も工房に詰めていたんだろう」
「ハハハ~つい夢中になってしまって」
「それが芸術的な作品を生み出すんだよな」
「いや、俺はまだまだ」
隆史は照れくさそうにボサボサの頭を掻いた。

聞けば涼映と隆史は高校からの親友だという。ヨンジュンはそんな隆史と満面の笑みで言葉を交わした。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「何、緊張してるんだよ」
それを見たヨンジュンは隆史の両手を握ると茶目っ気たっぷりに言った。
「金具は硬いですが隆史さんの手はとても柔らかですね」
「上手いわ、お兄さん」
ウミに褒められニッと笑ったヨンジュンは、ルナに抱かれたサランに教えるように銀製の栞(しおり)を指差した。
「おや、こんなところに猫がいるぞ」
「わぁ~ネコだ」
その上にいるのはヒラヒラと舞う蝶々だ。猫は上目遣いで、今にもちょっかいを出そうと狙っているように見える。
「素晴らしいですね。本当に生きているようです」
ヨンジュンの後ろでヒロが感心するように声を上げた。
「桜の花びらが舞っている」
栞(しおり)の隣にある根付けに付いた桜の花びらが、風になびく様に並んでいる。
「本当になんと素晴らしい品ばかりだろう」
目を見張るヨンジュンに隆史は丁寧(ていねい)に説明をしていった。
「これは鏡ですね」
「はい、銀鏡です。昔は魔除けとして使われていました」
ルナは花びらが細工された銀製の丸い錺(かざり)玉に目を止めた。
「綺麗、これは何に使うのかしら」
「香玉です。この中に匂袋を入れるんです。歩く度にいい香りがしますよ」
繊細な銀細工の花びらと共に香りが漂うのはなんとも奥ゆかしい。

金具に美しい細工を施す京錺(かざり)を見ていると時間を忘れるほどだ。ヨンジュンは隆史の説明に頭を寄せて聞き入った。
「錺(かざり)の最古のものは法隆寺金堂に残されたものと言われています。初めは寺社仏閣の襖の金具などの錺(かざり)でしたが、それが大名屋敷へ広がり、そのうち日常の物にも錺(かざり)細工がされるようになりました」
「古い歴史と伝統があるのですね」
「はい、文様も仏教の唐草や宝相華(そうげ)から草花、動物、虫、鳥、魚や雲に至るまで様々な文様があります」
「素晴らしいです。一つ一つ型取りをして叩いて作るのですね」
「はい、この鏨(たがね)という刃物で打ち切っていきます」
「彫り方も色々とあるようだ」
「透かし彫り、毛彫り、蹴り彫り、肉(しし)彫り、魚子(ななこ)などそれぞれ違う文様になります」
ヨンジュンは何度も見比べては感嘆の声を上げた。
「仕上げは表面に漆箔押しや金銷(けし)、七宝焼きを施します」
余程気に入ったのだろう。ヨンジュンは幾つか気に入った京錺を買い求めた。栞(しおり)は猫と蝶々と桜、花びらの根付けを数本、そしてルナには花びらの香玉を贈った。
「ルナ、とても似合うよ
「どんな香りを入れようかしら」
「ルナに似合う優しい香りを」
ヨンジュンは隆史と握手をすると満足げに店を離れた。

それからヨンジュンが足を止めたのは途中にある履物の店だった。彼はそこで子供用の下駄を買い求めた。家に付いたヨンジュンは桃花を呼ぶと可愛い箱を差し出した。
「桃花ちゃんへプレゼントだよ」
中には可愛らしい桃の花の鼻緒がついた桐の下駄が入っていた。
「わぁ~モモだ」
「サランと色違いだよ」
青い鼻緒には猫と蝶々が描かれている。覗(のぞ)き込んだサランは嬉しそうに声を上げた。
「パパと一緒!」
「そうだね、パパと一緒だね」

幼い二人は早速下駄を履くと中庭の踏み石を歩いた。カラコロ、カラコロ。その音に澄んだ銀の音が重なる。
「リンリン、リン」
風になびく銀の猫が蝶々を追って丸い香玉に手を伸ばす。
「カラコロ、リンリン…カラコロ、リンリン」
夕暮れはもうすぐだ。僕とルナは二人並んで頬づえを付きながら口遊(ずさ)む。
「カラコロ…」
「鈴々」

次回:第41話.辻の華

(風月)