■ 焼けたドライバーを見て「レースを止めよう」と決めた
主人公の藤山が勤めているのは、ホンダ技術研究所。
そこで、「ホンダ・フォーミュラー1・グランプリカーRA303」に載せるV型12気筒エンジンが作られていた。
エンジンができた。
コースを走らせたが、テストドライバーではコントロールできず、前に進ませるだけがやっとの状態。
メカに強い、ジョン・サーティーズのようなドライバーならまだしも、来日するロバート・ジャクソンは、走りだけのドライバーなのだ。
レース担当重役から、ドライバーとして藤山使いたいと言われたとき、周りの人間はみな驚いた。
藤山は、趣味でやっている自分のレース経験を秘密にしていたのだ。
日本を発つときは、「これでF1界に旋風を巻き起こす」と自信に満ちていたが、どっこい世界の壁は厚かった。
初戦のスペインでは、8位。
しかしこれは雨でリタイヤした車が多かったため。
第2戦のモナコは、最後尾からスタートして11台が完走。
9位となったが、後の2台はメカトラブル。
第3戦、ベルギー。 第4戦、スウェーデン。 第5戦、オランダ。
いずれも、ぱっとしない成績。
ついに、HONDAが動いた!!
今までは研究用の3バルブのエンジンを使っていたが、レースでも使える強力な4バルブエンジンを持ち出した。
しかし、ホンダのポリシーは「レースは走る実験室」だとして、藤山は3バルブエンジンを使い続けた。
強力な4バルブに乗るのはロバートで、非力な3バルブは藤山。
当然、ロバートの方が速い。
クルマの外観は同じだから、藤山の遅さが目立つ。
フランス、イギリス、ドイツ、オーストリアそしてイタリアと、まだまだレースは続く。
そして、世界にHONDAの力を示すときが来た!!
HONDAエンジン!
いまから考えるとはるか昔、F1にエンジンを提供したことがあった。
時計(もちろんクオーツではなくて機械式)のように精密で、高出力なエンジン。
HONDAサウンド! と呼ばれ外国人ドライバーの憧れだったが、エンジン自体が重くて成績はパッとしなかった。
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昭和51年に徳間書店から出版されたこの本を読んだとき、すげー作家が現れたな、と思った。
それが、高齋正との最初の出会い。
中嶋悟やアイルトンセナ、ピケやプロスト達をテレビで放送するようになったのは、この本が出てから10年も後のことなのだ。