2009年5月25日午後
日本列島、日本海側、北緯38度線に位置する離島の、
某CDショップ(TATSUYA)にて。
おれ 「あのぉ~ちょっといいすか?」
店員 「はい。」
おれ 「ボブ・ディラン のCDある?」
店員 「旧作ですか?」
おれ 「いや、いちばん新しいヤツ。
あっちの棚も見てみたんだけど・・ないの?
全米・全英ナンバーONEだよ!」
店員 「少々おまちください」
---------- 数十秒 経過 ----------
店員 「こちら、あした発売のトゥゲザー・ス…」
おれ 「はぁ?明日ぁ? そうなんだ。」
店員 「ご予約なさいますか?」
おれ 「いや、いいです。」
店員 「入荷予定は2枚ですが?」
おれ 「いや、また来ます」
つーことで、全米・全英ナンバーワン なのに
なんで日本発売…。おせぇよな。
てなわけで、このページ。ホントは新作を買って
ぜんぶ、ひととおり聴いてからの
マジメなCDレヴューで行こうと想ってて
タイトルも、
『ディランの33枚目のスタジオ録音アルバムが
全米・全英 初登場 Number One になった理由。』
として、決めてたんだけど 予定が変更になった。
というより、そういう情報を ちゃんと知らない俺がばかなのか
なんも聴いてねぇうちにはBOB爺さんに失礼なんだけど
インターネットっちゅうもんは便利だよな。
01 Beyond Here Lies Nothin' 3:49
02 Life Is Hard 3:38
03 My Wife's Home Town 4:14
04 If You Ever Go To Houston 5:47
If You Ever Go To Houston - Live in Dublin 5th May 2009
05 Forgetful Heart 3:41
06 Jolene 3:49
07 This dream of you (Together through life) 5:49
08 Shake Shake Mama 3:36
09 I Feel A Change Comin' On 5:23
10 It's All Good 5:26
このような模様らしく、当初は、その一曲一曲を
歌詞カードを辿りながら自分の心で確めてから
ディランの足跡を辿って
次の世に確かなモノを伝えようとする意気込みが覗えて うれしい感じの、
2009-05-09 11:34:37
こういった☝若者のページ も紹介しつつ
今日まで いかに大勢のミュージシャンに指示され
どれほど多くの、様々なアーティストへ影響を及ぼしてきた人物 なのか…。
INXS - Mediate
Bob Dylan - Subterranean Homesick Blues
INXS - Need you tonight / Mediate
Bob Dylan Subterranean Homesick Blues [Alternate Take]
といった展開で いつにもまして、きりのいいとこまで
この人類に与えられた Freedom!な長文を並べようとしたんだけど
なんだか乗り気にならなくなっちまってな。
今ごろになって いくらかまとめる気になってきた。
ここに、その、INXS (水洗機具のイナックスとは関係ねぇぞ!)と Bob Dylan の旧い映像を並べてるのは
アメーバBLOGでは俺くらいなもんだろうけど
マイケル・ハッチェンス(INXS) は決して、ディランをパロったわけではなく
自分たちなりの解釈で Dylan から受け継いだモノを
次の世へ伝える役割を自覚して あのようなMTV用プロモvideoの中で
かつてのディランのパフォーマンスを取り入れたんだとおもう。
ただ、ボブ・ディランとマイケル・ハッチェンスのちがいは
いま生きているか・死んでいるか…
ロック・ミュージックやROCK 'N' ROLL、ロック…という、その起源は
1950年代から始った新しい人類の音楽形態のようでも
誰それ の産業ロックなどという造語や メディア市場に飼い馴らされるような
カネモウケ主義に偏った音楽とは別に
常に人々の心に突き刺す鋭さを磨きつづけ
今この時代に人間として生きていることを確める方法のひとつがロックであって
ジャンルとか人種、国境、言語を越えたところで
人間を自由へ解放するエネルギーを秘めている。
その解放する先が、「生」なのか死なのか…
音楽を愛し、純粋に無垢な精神で演奏する側ってのは
そういう DEAD or LIVE のところで立ち止まらず
一方は因果な「なぜか27歳で他界したヒトたち…」という、
誰が申し合わせたわけでもないのに
その SUICIDE 適齢期みてぇな関所 を通り越せずに
そっちほうへ引っ張られてしまうヒトが ときどきいたりしても
Bob Dylan は己の天職と この人類で成すべき役割を見失わず
自分という人間として生きなきゃならない。歌わなきゃならない。
今の多くの日本人が2009年の新作アルバム 買わなくても聴かなくても
日本の業者がアルバム発売を世界的に遅らせても
アルバムを出してツアーをしなきゃならない。
なぜか?
いずれ、いつの日か必ず自分に用意される死を今スグ、現実に選択、実行するより
生きるという選択肢のほうを選んで
そこで、ホントはもっと素晴らしいはずの世の中を
自分の眼で、耳で、その肌で確めたい!と願う人間が
今まだ世の中に存在するからだよ。
自分以外の他人の言葉や
必要以上に飾りつけられた物品や飲食物のマヤカシに頼り
踊らされることなくな。
だから、Bob Dylan の新作『Together Through Life』 は全英・全米で発売直後に一位になったんだ。
平和に盆暮れる大日本盆栽帝国では
今も昔も変らず自分という人間が嘘っぽくデキアガッタまんまなのに
「あの頃はヨカッタぁ~」の類いで
♪窓の外、街路樹がうつくしい。ドアをあけ君が来る気がするよ・・
なんてノスタルジック頭な連中が そのマニアの如く買ったり
「いちど聴いてみたい」と想うことも
本来の人間世界の自由解放への道筋に近いようで遠い。
(氷室さんも、カート・コバーンの亡霊おっかけてるヒマはない!)
新型カクテル・ウィルスの流行で わずか数百人の感染の知らせ、報道にビビらされて
テメェだけ助かろうとマスク売り買いの騒ぎに乗せられてる連中の、
やっと今日を生き凌いで精一杯な惰性なる日常、
今を生きてる自分のナニゴトも他人の所為!にするような感覚が
世間に何十年も根づよく植えつけられたままの国の都心部とは別に
現在のニューヨークのように たとえその陰謀(?) によって死者が出ていても
その肉体も精神も自分は自分として、しっかりしていよう!というこころがけで
マスクを頭から被るような格好で街を歩くヒトは非常に少ない。 (行って見たわけじゃねぇけど。)
そして、そのヒトたちは素直に、『Together Through Life』の10曲 を聴いて
それを自分以外の誰かへ伝達しようとする。
生きるために。
だから、
Bob Dylan の新作『Together Through Life』 は全英・全米で発売直後に一位に輝いた理由は
男女不平等、花咲か爺さんの隣に住んでるヨクバリ婆さん達の生き様には関係なく
そういう当然のことであって、
Together Through Life/Bob Dylan
という、偏屈に堅苦しい理屈で埋めてしまうと
掘るにも掘れず、やっぱ伝えるべきもんも伝わりにくくなる…な。
もっとワカリヤスク、テットリヤバクしたほうがいい。
数年前のインターネット上なら、
“Bob Dylan”および“ボブ・ディラン”というキーワードで検索しても
業者のサイトがトップに躍り出たあとで
それなりに専門のサイトや、熱心なファンのHPしかでてこなかった。
ところが今や、BLOG というフォーマットが世間に浸透して以来、
歴史的なLIVE の感想など様々な実体験をもとにした内容はもとより
「その曲がいったい、どんな曲なのか?」
そこへ興味を抱いたヒトが わざわざCDショップへ脚を運ぶこともなく
なんでも聴ける場所で あらゆる音源が盛んに やりとりされている。
これが、その現状が いいか・わるいかは
他人のモノと自分のモノの区別・識別・判別が
己の意識の中で そうとうしっかりしてないと
そのうち人間、なにを観ても聴いても なんの感動もヘッタクレもなくなって
アナログ頭が無理矢理デジタル化されるようなネット依存なんて言葉も廃れる頃に
たましいが電脳に吸い獲られることはねぇと想うけど
自分がいつの時代に生きた人間なのか?
そこんとこが どうにもこうにも肉体に追いつかなくなったとき
果たして自分が今どこに存在しているのか判らなくなっちまう人間が
これからの世の中に溢れかえってしまうような気がする。
たとえば…
## 捜索中 ## ## さがしてます。##
ということで
ここには以前、数ヶ月前にインターネット上で観たモノクロ映像のうち
公演後の楽屋裏、Dylan の横へ くっついて歩きながら
真剣な眼差しで何かを訊いて確めようとする、若き日の
Lou Reed の姿を持ってこようと想ったんだけど
ないっ!
つーことで、そういう貴重映像みつけたときは
スグに なんとかしとかないと 航海さきに発たず!どころか
自分が観たモノが幻なのか奇跡だったのか?夢で見た遠い記憶のように
俺は今どこにいるんだ?
てな具合で時間という命が次々に埋もれてゆく画面の中へ消えて
もう、こんな時間になっちまったぜ。 (って、このあたりは昨日の夜中に書いてたんだけど。)
最早、ラジオから流れてきた印象的なメロディとか
街角で誰かが歌っていた心に残る曲とか
ともだちや彼女の家で聴いたレコードがヨカッタ!とか
どっかの店の蹴とばしたオンボロなジュークボックスで最期に聴いた歌…とか
そういうねぇ、いま肉体あって生きてる瞬間に
自分の眼で見えていた現実や そのときの匂い、肌ざわり、空気の色…
ないじゃん!
いや、あるには在る。
テレビドラマやCMその他の歌番組で知った、
おめあてのアーティストの LIVE へ行く前に
レンタルCD借りたり、着メロやDL音源を電話回線の向こう側で捜さなくても
誰かのクルマに乗っけられてドライブしてる途中とか、
わけぇ連中がレジャー施設で目を輝かせてるときに有線で繰り返し流されていた歌とか
それはもう、自分が直接的に 世の中の便利さや快適さに頼ることなく
その楽曲を聴く欲望に駆りたてられなくても
そのときの自分の全身。その肉体の血の流れに注ぎ込まれるような音楽が
かろうじて、今の世の中にもある!
ということを俺は信じたい。
便利で危険な都会から この島へ移り住んで8年ちかくが経過する今、
以前のように CDを買い漁る趣味もなくなり
部屋に何百枚とあるコンパクトディスクも、今や表面が劣化したものも多く
そのすべてを聴き返す時間もないまま
うまく選曲するなら、数十分後には
聴きたい楽曲のだいたいが飛び出てきてしまうような
ネットラジオを再生しまくっている日常。
…これにも問題あるな。
ともあれ、
ストーンズ、U2、シェリル・クロウ、THETHE、Electronic…
これらの正規盤CDアルバム と CDシングルは ほぼすべて持ってるつもりの
コレクターな俺としては
ホントは クラプトンやトム・ウェイツのほか、
Bob Dylan も全タイトル を揃えたいところなんだけど
そんなカネはないし、島外へでかける時間もない!
なので、
登録先の海外ネットラジオの日本人ユーザ-として 月に¥300ほどの料金を払って
Bob Dylan Tracks Sorted by popularity ( Bob Dylan Charts )
http://www.last.fm/music/Bob+Dylan/+tracks
こうして ☝ 1000曲ちかく紹介された楽曲のほかに
別のアーティストらによるカヴァー曲も2000曲くらいマークしといて
今から何ヶ月か(何年?)かけて聴いてみよう!
というセコイ魂胆なんだけど
今年2009年4月中旬から
last.fm globaltags Bob Dylan
Robert Allen Zimmerman Radio
こういう設定で
今の世の中に現存する Bob Dylan に関係する楽曲を
いつでも再生可能な状態にしてある。 といっても、
過去に誰かが、そのネットラジオを利用して聴いた形跡としてのテキストデータなので
2000曲のすべてがスムーズに展開するわけではなく
同じ曲 が何度も繰り返される ことも多い。
場合によっては、Scrobbler 機能 によって
世界中のどこかで偶然、誰かが貴重なトラックを再生している際、
そのデータを共有できる可能性もあるけど
とくに、ハガキを書いてリクエストするわけでもないので
それなりにマニアな方々とユーザー同士の交流でもないかぎり
そこへリンクされている楽曲 のすべての音源を簡単に自動再生できるわけではない。
それでも、Bob Dylan をはじめ、Johnny Marr にしても、U2 にしても、
世界中のアーティストと交流の幅広いミュージシャンの活動を理解するためには
学生街に立ち並んでいた古本屋の隣の老舗の中古CDショップで捜し物をするよりは
遥かに速く、そういったアーティストの音源の一部を確めることができる。
…たしかに便利だけど、なんかコワイ。 (月額300円だし。)
コワイけど、今度そのうち、David Bowie と クラプトン関係もやってみようとおもう。