人生選択を迫られる時は必ずあると思う。
しかしながら、よくよく考えてみればそれは贅沢な悩みなのかもしれない。
何かに迷うという事は、それだけ選択の余地があるという事。時には否が応にも「それを」選ばなければならない事態もあるだろうし、一つしか選択の余地のない事もある。
そうではなく、自分に選択権がある場合という事は責任が伴うとはいえ、幸せな事なのかもしれない。自分で自分自身が進む道を選べる。
甲乙つけがたい事もあるだろう。時には間違った道を選んでしまうかもしれない。
…いや、迷うという事はやはり「幸せ」とは言い難いか。
自分にはこれしか無かった。だから頑張ってこれたという人は強いようにも思う。
迷いのない事が幸せなのか?
しかし「迷い」の無い人生なんてあるのだろうか?
選択肢の内容の質も関係してくるだろう。
より良く生きたいという業が悩みや苦しみを生み出すのか?
しかし、そういった欲がなければ目標も生きがいも見いだせなくならないか?
選んだ後に後悔しなければ良いのだろうが。
がむしゃらに突っ走ってこれたうちは良かった。しかし今はそうはいかない。
何が?
やはり贅沢なんだと思う。
しかしながら、よくよく考えてみればそれは贅沢な悩みなのかもしれない。
何かに迷うという事は、それだけ選択の余地があるという事。時には否が応にも「それを」選ばなければならない事態もあるだろうし、一つしか選択の余地のない事もある。
そうではなく、自分に選択権がある場合という事は責任が伴うとはいえ、幸せな事なのかもしれない。自分で自分自身が進む道を選べる。
甲乙つけがたい事もあるだろう。時には間違った道を選んでしまうかもしれない。
…いや、迷うという事はやはり「幸せ」とは言い難いか。
自分にはこれしか無かった。だから頑張ってこれたという人は強いようにも思う。
迷いのない事が幸せなのか?
しかし「迷い」の無い人生なんてあるのだろうか?
選択肢の内容の質も関係してくるだろう。
より良く生きたいという業が悩みや苦しみを生み出すのか?
しかし、そういった欲がなければ目標も生きがいも見いだせなくならないか?
選んだ後に後悔しなければ良いのだろうが。
がむしゃらに突っ走ってこれたうちは良かった。しかし今はそうはいかない。
何が?
やはり贅沢なんだと思う。
いよいよ新たな生活が始まった。子供の頃から引越しは多かったが、今まで住んだ中で最強にボロ家。一刻も早くもっとマシな所に住めるよう荷物を減らそう。これでも大分競売で取られた家に置いてきたんだが‥。
二十年間の様々な書類が出てきた。色々な思い出もある品もあった。ふと思う。今までも経済的な苦労は多かった。それでも若さも手伝って、その時その時を一生懸命生きてきた。上向きになっては積み上げた物を崩され、ひたむきになっては足下をすくわれ道を閉ざされた。それでも羅針盤を目印にわずかな歩みが、気付けば大きく進路を変えて家計も幾分裕福になっていった。毎日深夜まで働き、休日には眠い目をこすり友の為、奔走した。自分の時間はほとんど無かった。時には眠りにつくのが本当に幸せだった程だった。それらの品々を見るにつけ、あの時あの時代だったからこそ、あそこまでやれたのだとも思う。誤魔化し誤魔化しでも今ほど経済的にも落ちぶれてはいなかった。自分の幸せは掴む余裕は無かったけれど、形ながらの親孝行も出来た。
別に後悔はしていない。
間違っていたとも思わない。
当時はそれでも大変な中、精一杯悩みにぶつかっていったし、今の悩みは当時の自分だったら今以上に腐ってしまっていただろう。それでは金の思い出も築けなかったろうに思う。共に生きた友人たちとの絆も。
最近思う。
オレは自分の不幸を誰かの性にしなければ生きてこれなかった弱虫だった。父は最後まで悪者となってくれて、オレの不満の当たり場所になってくれていたのかもしれない。
誰の性でもなく、一生のうちの一時の幸不幸に左右されて嘆いている事が一番良くないのではないか?と。
今はまだ「ありがとう」とは言えないがいつか心の底から言えるようになりたいと思う。
願わくば愛する人たちに、共に生きた仲間たちに勇気と希望を与えられるような男に‥そんな生き方をしていきたいと思う。
だから、やり直すとか取り戻すとか不可能な事を考えるのではなく、今の自分、これまでの自分の人生の延長線上の新たな幸福に向かって進んでいくのだ。
そうなれた時に‥傍にいてくれる人を大切にしたいと思う。
二十年間の様々な書類が出てきた。色々な思い出もある品もあった。ふと思う。今までも経済的な苦労は多かった。それでも若さも手伝って、その時その時を一生懸命生きてきた。上向きになっては積み上げた物を崩され、ひたむきになっては足下をすくわれ道を閉ざされた。それでも羅針盤を目印にわずかな歩みが、気付けば大きく進路を変えて家計も幾分裕福になっていった。毎日深夜まで働き、休日には眠い目をこすり友の為、奔走した。自分の時間はほとんど無かった。時には眠りにつくのが本当に幸せだった程だった。それらの品々を見るにつけ、あの時あの時代だったからこそ、あそこまでやれたのだとも思う。誤魔化し誤魔化しでも今ほど経済的にも落ちぶれてはいなかった。自分の幸せは掴む余裕は無かったけれど、形ながらの親孝行も出来た。
別に後悔はしていない。
間違っていたとも思わない。
当時はそれでも大変な中、精一杯悩みにぶつかっていったし、今の悩みは当時の自分だったら今以上に腐ってしまっていただろう。それでは金の思い出も築けなかったろうに思う。共に生きた友人たちとの絆も。
最近思う。
オレは自分の不幸を誰かの性にしなければ生きてこれなかった弱虫だった。父は最後まで悪者となってくれて、オレの不満の当たり場所になってくれていたのかもしれない。
誰の性でもなく、一生のうちの一時の幸不幸に左右されて嘆いている事が一番良くないのではないか?と。
今はまだ「ありがとう」とは言えないがいつか心の底から言えるようになりたいと思う。
願わくば愛する人たちに、共に生きた仲間たちに勇気と希望を与えられるような男に‥そんな生き方をしていきたいと思う。
だから、やり直すとか取り戻すとか不可能な事を考えるのではなく、今の自分、これまでの自分の人生の延長線上の新たな幸福に向かって進んでいくのだ。
そうなれた時に‥傍にいてくれる人を大切にしたいと思う。