自分の欲望を満たすためにペットを飼うくせに、
何かを選択をするときになって急に、
「ペットのためにはどうしたらいいか」
なんて考えだす。
自分自身を偽善でごまかす。
ずるい。
人間はずるい。
お金で命を買っておいて、急に聖者になろうとする。
最後まで身勝手な愚者であればいい。
ペットのためには、なんてキレイ事いっていないで
自分がどうしたいのか、自分で決めて、
その結果生じた事態を全部自分で受け止めればいい。
なんて。
そんな風に考えられたら、まだらくなんだろうけど。
結局は、矛盾なのかもしれない。
人間も動物も、生まれることは幸福と認識する。
でも、生まれた瞬間に、その子の死は確定する。
翌日死ぬとしたら、その生命の誕生を喜ぶのだろうか。
100年後なら良いのか。
期間の問題なのか。
生まれなければ死ななかったのに。
矛盾していて、身勝手で、弱くて。
心細くて仕方がないから、人は集まって生きる。
期間限定だとわかっていても、命の輝きを求める。
絶望したら、新たな希望にすがる。
その希望がやがて新たな絶望につながるとわかっていても。
そんな不完全な人間。
当然、完全だったら人間とは呼べないのだろうけれど。
それでいいじゃないか、と最後に達観したふりをして
実はそれは考えることをやめているだけなのも人間。
こうやって文章を書くこともそう。
消えそうな灯りを、何かをすること、何かを考えることで
必死に保とうとする。
ぶつぶつうるさいよ。じゃあ死ねば?と自分に問いかける。
いや、生きる。と自分がこたえる。
だったら生きよう。