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終わる世界

 




何かあったら、病院から電話をもらうことになっていた。

14時3分、電話が鳴った。
一瞬あたまが真っ白になった。
電話は動物病院からだった。

無事手術が終了して、麻酔もさめて、
今は落ち着いているとのこと。

よかった。
本当に。

生命は尊く素晴らしい。
また、遊べる。
普通の毎日が、本当に感謝なんだ。




 
 




自宅に戻り、玄関のドアを開けた。
「あいたー…」
思わずくちにでた。10年間の、習慣。
でも、そこには彼女はいない。
彼女と出会ってから、必ず彼女は、いてくれた。
彼女がいなかったことは、一度もなかった。
今日はじめて、彼女はいない。

愛犬を、病院に託してきた。
これから手術。
何かあったら、携帯電話がなる。
どうか、ならないでください。どうか。

祈るしかない。
祈り、という言葉と同時に、全身全霊という言葉が浮かんだ。
辞書でひいてみた。全身全霊。
間違いなく、すごい意味の言葉だった。

そして、今にふさわしい言葉だった。
全身全霊で、祈る。
明日の今頃は、僕は笑っている。必ず。




 

 




自分の欲望を満たすためにペットを飼うくせに、
何かを選択をするときになって急に、
「ペットのためにはどうしたらいいか」
なんて考えだす。
自分自身を偽善でごまかす。

ずるい。
人間はずるい。
お金で命を買っておいて、急に聖者になろうとする。
最後まで身勝手な愚者であればいい。
ペットのためには、なんてキレイ事いっていないで
自分がどうしたいのか、自分で決めて、
その結果生じた事態を全部自分で受け止めればいい。

なんて。
そんな風に考えられたら、まだらくなんだろうけど。

結局は、矛盾なのかもしれない。
人間も動物も、生まれることは幸福と認識する。
でも、生まれた瞬間に、その子の死は確定する。
翌日死ぬとしたら、その生命の誕生を喜ぶのだろうか。
100年後なら良いのか。
期間の問題なのか。
生まれなければ死ななかったのに。

矛盾していて、身勝手で、弱くて。
心細くて仕方がないから、人は集まって生きる。
期間限定だとわかっていても、命の輝きを求める。
絶望したら、新たな希望にすがる。
その希望がやがて新たな絶望につながるとわかっていても。

そんな不完全な人間。
当然、完全だったら人間とは呼べないのだろうけれど。

それでいいじゃないか、と最後に達観したふりをして
実はそれは考えることをやめているだけなのも人間。

こうやって文章を書くこともそう。
消えそうな灯りを、何かをすること、何かを考えることで
必死に保とうとする。

ぶつぶつうるさいよ。じゃあ死ねば?と自分に問いかける。
いや、生きる。と自分がこたえる。
だったら生きよう。