
どうも、昭和に生を受けた永遠の少年こと"羊"です。
今回は、磯崎亜紀子さん自身も一番思い入れがあると答えていた、映画"ムッちゃんの詩"について綴りたいと思います。
映画「ムッちゃんの詩」は、
1985年7月公開、
原作は中尾町子さん、劇中に登場する少女だった方です。実体験に基づく物語です。
配給は関西共同映画社さん、強い御意志により作品の崇高なテーマが削がれることのないよう、DVDなどは、一般流通させていません。
監督は堀川弘通さん、元・黒澤組のスゴい方です。
主役であるムッちゃん(山下睦子)役には、磯崎亜紀子さん。撮影当時、11歳ぐらいでした。
ナレーションは、あの岸田今日子さん。初代ムーミン、傷だらけの天使でお馴染み、実力派俳優さん。
昭和20年横浜、
父親は徴兵後に戦死、睦子(磯崎亜紀子さん)は、病弱な母親と弟の勝と帰らぬ父を待っていた。
学校の担任である立花先生や同級生でガキ大将の正一に支えられ、また、力強く生きていたある日、横浜大空襲に巻き込まれ、最愛の母と弟を見失い、天涯孤独となる。
どうにか、大分にいるおばさんを頼って、ひとり疎開するが、既に亡くなっており、その娘で色街につとめる香代のところへ転がりこんだ。
束の間、睦子は香代に可愛がられ、平穏な日々を過ごしていたが、ある日、苦しみながら吐血する。肺結核だった。
周囲の声もあり、泣く泣く睦子を防空壕の奥に連れて行き、寝かせながら香代は、看病した。
度々鳴り響く空襲警報、その度にこの防空壕に避難してくる人々。
伏せている睦子が結核だと気づくと、人々は幼気なこの少女にぞんざいな扱いをとったが、それでも、この賑やかな時間が孤独な睦子には好きなひとときだった。
防空壕での闘病生活で"ともだち"もできた。
以前道端でもあった家族連れの女の子の"町子"。
畑で知り合った、強制徴用で日本に連行されてきた"金"さん。
金さんは、祖国に待つ実娘に重ねるように、睦子を介抱した。
7月16日、大分大空襲。
香代は、爆撃の嵐の中、必死に睦子の待つ防空壕に向かうが、あともう少し、砂浜で姿が消えてしまう。
警察へ連行されてしまった金さん。
病魔は進行し、食料は尽きる。
睦子は、もう体力も気力も限界を超えていた。
そして、終戦。
心配で仕方なかった町子は、従兄弟の健太とともに防空壕に向かう。
そこには、変わり果てた姿のムッちゃんが。
広がる田畑の景色、あぜ道を静かに眠るムッちゃんを乗せた大八車が進む。
釈放された金さんが、ムッちゃんのもとへ駆け寄る。
金さんの魂の叫びが響く。
撮影当時、亜紀子さんはこのラストシーンを撮るため、数日間、食事を抜いたそうです。
配給元である関西共同映画社の社長である一芝竹夫さんにTELでお話しする機会がありましたので、亜紀子さんのことをきいてみましたが、オーディションの時、500名はいる中でも、群を抜いて演技が輝いていた印象だったそうです。
今でも、映画「ムッちゃんの詩」は、時折、映画祭でミニシアターなどで銀幕で観れたり、不定期ながら、終戦日近くにペイチャンネルなどで放送されます。
もし、興味を持たれたのであれば、関西共同映画社さんのホームページでDVD購入も購入出来ます。











