の回で、散々 
「価値を得ること=人生最大、最終目的‘自己実現’への切符を手にする」
ことは述べてきた。

今日からは数回に分けて、私がどのような価値(体験、経験)をしてきたか、
どのような経緯で今に至っているのかをお話ししたいと思う。
なるべく読みやすいように、短文を心がけるが、何せ17年程の過程なのだ。
せめて数回に分けさせていただきたい。

今日は初回。まずはサラッと。

私の人生の大きな変化のひとつは、やはり高校卒後の中国留学だ。
北京2年、上海1年。この3年の期間で、私は様々な体験をし、様々な経験(価値)を得た。

中国生活は毎日物凄い大きな出来事が起こり続けた!

なんてことは、当然ない。
それもあっても最初の1,2ケ月。

今思えば、毎日の小さな出来事、ふとした出会い、カルチャーショック、体験が、
チリツモとなり、大きな価値へと膨らんでいった、という想いがある。

当然18歳の大学生なので授業は毎日あり、朝8~15時までみっちり受講した。
と言っても私は‘ニーハオ’くらいしか中国語を知らず、いきなり飛び込んだ!
ので、当然100%内容不理解。
しかも先生も全く日本語が分らないので、意思疎通はまず無理。

初日、出席を取るのに、名前を呼ばれても全く分らない。
‘出席を取る’という行為自体も、先生が紙を見て何か言っている。
そしてそのあと順番に生徒が手を挙げている。

それで私は‘あっ、出席とってるのか?’と思い、急に焦りだした。
だって私は自分の名前さえ分らないのだから。
‘ニーハオ’しか知らないのだから。

中国語での授業も、何を言っているかチンプンカンプン。
ただ聞いているだけ。本当にそれだけ。

こんな状態が数日続き、いよいよ私はヤバイ・・・!

それからは毎日単語を覚え、発音、声調(イントネーション)の勉強を開始。
3ケ月程でだいたい先生の言うことが理解でき、受講もほぼ聞き取れるようになった。
必要に迫られると人間は強いのです!

普通に日本で中国語の語学学校に行っても、3ケ月である程度話せる
レベルまでに行くのはまず無理。
それどころか、大学の第二外国語で中国語だった、と言う人。
その層がどれだけ話せるか?4年間分を合わせても、当時の私の1日分の勉強量だと思う。

とそれは別にいいのだが・・・。

とにかく中国では色々苦労はあった。

でも後悔はなかった。

なぜなら、‘中国留学がしたい’という想いが叶ったから。

‘ニーハオ’しか知らず(しかも漢字でもどう書くか知らなかった!)、私はいきなり飛び込んだ。
普通ならちょっと勉強してから行こう、交換留学って感じで軽く行こう!とか色々考える。

そこでちょっと考えるのだが、大体の人は、やっぱり無理かな~、今のゼミが面白いから
留学はいいや、彼女が出来たから、もうちょっと後で・・・などと言って、
結局夢に手を付けない。

私が様々な価値(経験)を得られたのは、まず手を付けたからだ!

‘ニーハオ’しか知らない全く無知な状態であるにも関わらず
1度も中国に行ったこともなく、知らない世界であるにも関わらず

とりあえず行ってみた。

とりあえず‘手を付けた’のだ

この最初の‘手を付けた’があったからこそ、私の3年間という中国生活は幕を切って
落とされ、その後はある流れが私を様々な価値(出会い)へと導いてくれた。

その価値が帰国後、就職氷河期であるにも関わらず様々な職種に就くことを約束し、
またその経験(価値)が更に今、フリーエージェントとして活動するように導いてくれたのだ

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日常のささいなことはもちろん、新しいことに‘手を付ける’

これはすべての輝かしい未来への源泉なのだ。

失敗が怖い?新しいものを見るのは恐怖?

心配は要らない。

その‘手を付ける’ことさえ厭わなければ、後は流れが導いてくれるのだ。

しかも成功は失敗の後に訪れる、という普遍のセオリーもある。

いずれにしても手を付けることは大切なのだ。
成功したければ必須なのだ。

何も考えることはない。

18歳の時、私は中国に行くのにほぼ何も考えていなかったのだ。
私はニーハオ’しか知らず、いきなり飛び込んだのだ。

あの時色々考えて躊躇していたら、今のフリーエージェントへの道はなかった。

流れに任せる。

あとは導かれるままに。

後悔しないためにも、今すぐ始めて下さい。
人生は有限です。

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