誤りというものは、意外と気づかない物が多い。
ましてや、自分の周りも同じように誤っていれば尚更。

ふとネットで見つけた物があったので、備忘録がてら載せてみる。

・「須く」は全てと同じ意味だと思っていた
・「さわり」は導入部分のことだと思っていた
・「世界観」はその世界のが醸す雰囲気のことだと思っていた
・「姑息」は卑怯と同じ意味だと思っていた
・「檄を飛ばす」は叱咤激励することだと思っていた
・「知恵熱」は頭を使い過ぎて発熱することだと思っていた
・「募金する」は無償で金品を贈ることだと思っていた
・「憮然」は腹を立てている様だと思っていた
・「恣意的」は悪意を以てという意味だと思っていた
・「にやける」は口許が緩んでにやにやすることだと思っていた
・「敷居が高い」はなかなか手を出しにくいことだと思っていた
・「爆笑」は大笑いすることだと思っていた
・「たそがれる」は考え事をしてぼうっとすることだと思っていた
・「一姫二太郎」は女の子一人男の子二人の意味だと思っていた
・「性癖」は性的嗜好のことだと思っていた

上の中で、自分も同じように思っていた物が多いし、周りの使い方も同じだったと思う。
普段でもそのように使っていた。

しかし、本来の意味は

・「須く」 当然
・「さわり」 最も印象的な部分
・「世界観」 世界についての見方
・「姑息」 その場しのぎ
・「檄を飛ばす」 自分の考えを広く伝える
・「知恵熱」 乳児期に発症する原因不明の熱
・「募金する」 寄付金を集めること
・「憮然」 失望したり驚いたりする様
・「恣意的」 その場の思いつきによる物事の判断
・「にやける」 色っぽい様子を見せること
・「敷居が高い」 不面目なことがあってその人の家に行きづらいこと
・「爆笑」 大勢の人が笑う
・「たそがれる」 日が暮れる 盛りを過ぎて衰える
・「一姫二太郎」 最初の一人は女の子、次に男の子が生まれるのが理想であること
・「性癖」 性質の偏り

だそうだ。

もちろん、誤用が時代を経て正当な意味となる事も大いに存在する。
ただ、そうだとしても本来の意味を知っていた方がいいと思うし、「間違った使い方をするな!」と主張したいわけではない。

「誤っている」という事に気づく のが一番肝要なんだと私は思う。

「自分が常に正しい」と驕っていると、それには絶対気づかない。

時には自分を疑ってみるのも大事なのかもしれない。

会議所の忙しさに甘えて、なかなかブログ書けませんあせる

先日、ブログを書いている先輩が言った一言。

「時間が空いた時に、メモ帳に書き留めておく」

なるほど。
それなら記事を書く時間が少なくても、何も無いよりは更新しやすいですね。

そういう地味な作業の積み重ねはバカにできません。

私も試してみようニコニコ


ま、

時間があれば麻雀をしてしまうのが最大の原因なんですけどねダウンダウンダウン
ツイッターを本名表示にしました。
なもんで、ブログの方は変えてないけど、ツイッターを埋め込んであるのですぐわかりますね。

今まで、こうやってネットで名前を直接晒す事はありませんでした。
やはり、自分の全てを晒すようで、正直恥ずかしいし怖いです。

でも、なぜそうしたか?

上手くは言えないのですが、一つは「セルフプロデュースの一環」。

自分を敢えて衆目の面前に晒す。
そうすればうかつな言動はできないし、しないためには思考を重ねなければならなくなる。
つまり、自己に対して慎重になれるのでは?と思いました。

もう一つは、「自分に対するプロ意識」。

上と意味は重なるかもしれませんが、自己の能力や技術、理論に自信を持ちながら、尚且つそれに溺れずに研鑽を重ねる事。

それらが今の自分にとって大事なのかな?と思いました。


ま、何かややこしくなりましたが、
色々自分でも変えていこうとしたワケです。


その考えのせいか、

19日に行われる麻雀最強戦の予選に参加します。

実は、

以前、と言っても10年位前、私は最高位戦日本プロ麻雀協会に所属するプロ雀士でした。
(特に大した成績は残してません)
今でも、たまに趣味として麻雀は打ちますが、回数はその時に比べて激減しましたし、技量も大分落ちてます。

しかし、その若い時の姿勢やひたむきさを忘れないように、こういう大会にもたまには出てみようと思いました。
その頃の軌跡を少しでも残せるように。そしてそれをまた新たな糧にできるように。

勝ち抜く自信など露ほどにもありませんが、時間が許す限り練習して臨みたいと思います。